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第35話「ピントはいつもあたしの『背後』にあった」
(UnsplashのAlexander Krivitskiyが撮影)
あたしは鋭く言い放った。
「青井さん、クレジットカードは一枚もお持ちじゃなかったですよね?
いつも現金払いで」
「……カードなんかなくても、平気ですよ。
給料は入ってくるんだし、ローンもないから、賃貸物件くらい見つかるでしょ」
ヤツは今度こそ、ふてぶてしい顔になってあたしを見た。
その眼を見て、あの恐怖の夜がよみがえる。
さんざん蹴りつけられたこと。
お腹にすべての意識が集中したと思うほどの痛みとショックが、一気に身体に戻ってきた。
……こわい、やっぱり、こわい。
身体がちぢまりかける。
そこへ、若林課長ののんきな声がした。
「わー、しまった!
僕、預かっていた写メを社内メッセージに添付して送付しちゃった。
全社員あてに出しちゃったよー」
ものすごい棒読み口調……。後ろの高瀬さんが思わず、
「……ちっ」
舌打ちしてる……。
あたしは急に笑いがこみあげてきて、笑いをかみ殺すために、あわてて持っていたクリアケースから書類を出した。
ヤツに突きつける。
印刷されているのは写メだ。
ヤツが撮り、あたしがもらっていた写メを大きくプリントアウトしたもの。
あたしはピンボケ。いつもピンボケ。
「今、若林課長が『うっかり』全社員に送ってしまった画像は、これです」
ダメ男の顔が蒼白になる。
まわりにいる営業二課の面々は訳が分からず、顔を見合わせている。
そりゃそうよね。
あたしだって、昨日の夜、高瀬さんが気づくまで全く分かっていなかった。
お腹に力を込めて、大きな声で言う。
「これ、あなたがお撮りになった写真です。
これもこれもこれも、何枚あっても、なんだか変な写真でしょう?
ピントが合ってない。
私の顔は、いつもボケボケです。
今のスマホは写真機能が向上していますから、自動的に、人間の顔へピントを合わせていくはずです。
なのに、この写メは全部、『背後にピントが合っている』。
そうですね?」
ぐいぐいとプリントアウトを顔に突きつけてやると、相手は不機嫌そうに横を向いた。
あたしはじっと、ヤツを見る。
事実を、事実のままで見られない人間の顔だ。
しじゅう嘘をつくことで、かろうじて自分を維持している人間の横顔は、ゆがんでいた。
「ピントが合っていないのは、あなたが本当に撮りたかったものが、あたしの背後にあったからです!!」
ぴらん、と別のプリントアウトを出す。
そこにはクッキリと一枚のビラが写っていた。
古い電信柱に貼りつけられたチラシ。
『借りたいその日に20万円、即金です!』
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