第5話「理想の男」

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第5話「理想の男」

063820a8-59a7-4c32-80bb-514c885016d2Unsplashのsaeed karimiが撮影)  翌日の昼休み、あたしと同期のスミレは会議室にいた。  社内には社員専用のカフェテリアもあるが、人が多くて内密の話はできない。  だから仲のいい友人同士で踏み込んだ話をしたいときは、開いている会議室を使う。会議室の個人的な使用は禁止されているけれども、昼休みは黙認されている感じだ。 「いいなあ、むつみは。もう結婚までカウントダウン中みたいなもんじゃん」  スミレはアボカドにベジタリアン用マヨネーズをたっぷりつけたベーグルサンドをほおばりながら言った。  どうでもいいけど美人って得よね。口の端にマヨネーズをつけてても、かわいく見えるんだもん。  スミレは日本人のパパとイギリス人のママを持つハーフ。  『美人+帰国子女+性格がいい』の三つ重ね女子だ。  そんなハイスぺなのに性格がいいから、男女ともに、上司にも同期にもウケがいい。  うらやましいよ、ホントに……。  そのうらやましさを隠して、あたしは言った。  「大げさだよ、スミレ。結婚するかどうかなんて、まだわからないもん。  かんじんのプロポーズは、まだだもん」 「時間の質問でしょ……ちがうな。時間の……なんだっけ?」 「時間の『問題』ね」 「ソレ。おぼえておこうっと。時間の問題、問題、クエスチョン……と」  スミレは外資系企業の社員だったパパのおかげで、海外で生まれ育った。英語、フランス語、ヒンディー語がペラペラだが、日本語は時々おかしいことがある。  まあ、本人が気にせずにしゃべり倒しているから問題はないみたい。  言葉なんかは、ただのツールだって割り切っているから。  スミレは、自分が言いたいことがきちんと伝われば、それでいいという。  おかしなところは、しゃべりながら直していけばいいんだって。  そこが、スミレの強さだ、とあたしはうらやましく思う。  スミレは『できない自分、やれない部分』をそのまま認める。  どんなことに対してもできないままで突っ込んでいき、やりながら修正してしまうのだ。  その度胸のある強さは、ちょっと、平凡な日本人のあたしには想像できない。  海外育ちは強いなあ……。  コンビニおにぎりを食べつつ、あたしはひそかに白旗を上げる。  スミレのメンタルの強さは子供の頃から多彩な人種、文化にもまれて育ってきたからだ。  とてもとても、海外へ行ったのは大学の卒業旅行のハワイだけ、なんていうあたしではかなわない。  ちょっとうらやましいよね……。    サクサクとベーグルを食べ終わったスミレは、 「でさ、結婚したらどうするの、むつみ? コトブキ退職?」 「ううーん。子供ができるまでは共働きかな。生活するには爽太さんのお給料で十分だけど、自分が自由にできるお金ほしいもんねー」 「うわー、理想じゃん。子どもか、いいな、欲しいな。  やさしい夫、かわいい子供、育休とって時短で復帰。うらやましー!」 「だから、まだプロポーズされていないって」  そういいながらも、あたしは少し鼻が高い。  スミレの言うとおり、爽太さんは好条件の結婚相手だ。  清潔感があって、ほどよくイケメン。『ほどよく』ってところがポイントで、あんまり顔がいい男はチャラく見えて、賢い女ほど敬遠する。  爽太さんくらいの、中の上ランクの男って、ほんとに完璧なの。  社内でも狙っていた女子は多かったと思う。  それがあたしの手に落ちてきたのはラッキーな偶然だ。 「付き合って半年。もう半年たって1年でプロポーズってのが理想よね」 「そうだね」 「付き合うキッカケも映画みたいだったよねえ? 社員旅行のイベントで声をかけられたんでしょ」 「うん……」  そう、社員旅行で爽太が声をかけてきたのが最初だ。そこからスムーズに付き合うことになり、半年。  社内恋愛だが、爽太さんは最初からオープンだった。これも女子にとっては理想のはず。  まるで初めから結婚するつもりみたいに、付き合っていることをすぐに公開してくれた。  そのときもスミレは驚いて、 『そんなこと、ある? 27歳の男が、はじめから結婚するつもりで付き合うなんてある?  すごいわー、理想だわ、青井さん!』  と、ほめちぎってくれた。  まあ、あたしにだって疑問がわくこともあるけど、爽太さんの顔を見ているとわすれてしまう。  あんまりにも結婚するのが当然、みたいな顔をしているから。  あるいは、爽太さんがうまく結婚するように仕向けているのかな……。  まさかね、そんなことができるひとじゃない。  考え込んでいるうちに、スミレは食べ終えたものを片付けて、 「さて、昼からは企画書をチェックしなきゃ。仕事している場合じゃないんだけどなあ……」  その一言で、ふっと思った。  そうだ、スミレの恋愛相談は、明日の予約だ。 「スミレ、明日は12:45分からの予約よ。  5分前には総務に来たほうがいいわ。時間は1人当たり15分と決まっているの。  でもさ、いったい何を聞きたいの? 彼とうまくいっていない?」 「うーん……」  スミレははじめて難しい顔になった。 「うまくいっていないというか……どうも、怪しいのよね……」 「あやしいって、何が?」 「カレ、結婚しているじゃないかって気がするのよ」 「はあ!?」
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