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第8話「調査の結果」
「行くわ、ここまできて真実を知らなきゃどうするのよ」
あれからスミレは3夜ぶっとおしで泣きとおしたようで、毎朝、目をはらして出勤してきた。
もう調査をやめてくれ、と言いだすかと思ったが、結局最後まで中止しなかった。
つよい。
事実と、真実と向き合う覚悟を決めたんだ。
スミレはほんとうにつよいんだ。
すっと、彼女はきれいにマニキュアをした指でドアノブをつかんだ。
ドアの向こうは時代が止まったかのようにレトロな雰囲気。
艶の出ている焦げ茶色の柱や赤いビロードが貼られている椅子、よく拭きこんであるテーブルには小さな傷がついている。
全体的に、味がある。『昭和』のカフェだ。
喫茶店、純喫茶って感じかな。
きょろきょろしていたら、高瀬さんの声がした。
「門脇さん、西崎さん、こちらです」
声がするほうをみて、ちょっとびっくりした。
若林課長がいる。
あと、しらない男性も。
男性は、やけに大きな人で、身長も横幅もガッチリある。
そのわりに威圧感がないのは服装のせいかな。めちゃくちゃ、おしゃれな服を着ていた。
あたしとスミレが席に着くと、高瀬さんがその男性を紹介してくれた。
「こちら、若林課長のお友だちの山中さんです。調査の途中に、偶然なんですけど今回の『調査対象者』についての情報をお持ちだとわかったので、ご協力をお願いしました」
「情報を持っている?? あの、山中さんって探偵さん、ですか?」
思わず聞いてみると、高瀬さんは首をふった。
「この方、東京の有名なアパレル関係者なんです。
前回のご相談時のエントリーシートに『調査対象者』は、海外の人気ブランド『ドリー・D』の愛用者だと書いていらしたでしょう」
高瀬さんがそこまで言ったところで、のんきそうに若林課長が口をはさんだ。
「このヒト、軍人みたいなごつい顔してるけど、実は『ドリー・D』の東京店長なのだよ。
びっくりだよねえ?」
「顔は関係ねえだろ、顔は」
ごつい男性はセンスがいいシャツの下で肩をすくめた。岩みたいな肩が思った以上にきれいに動くのでびっくりする。
「はあ、あの『ドリー・D』の東京店長さん……あの、若林課長とはどういう関係ですか?」
「愛人関係」
けろり、課長が言った。あたしはのけぞる。
「ええええっ、やっぱり!? 課長、やはりそちらの……いえ、あたしは偏見ありませんから! 口も堅いですし!」
急いでそう言うと、若林課長は目の前のプリンアラモードを一口でさらいながら笑った。
「うそうそ。ほんとはショップ店長と客の関係」
「あたりまえだ。俺はセンスで売っているアパレル店長だぞ。こんな男とは付き合わねえよ。
だいいち、運命の男とはもう一緒に暮らしてるんだよ」
大きな男性、山中さんはちょっといばってそう言うと、あたしとスミレの方を向いた。
「さて、俺はどういう手段を取ってでも服を売りつけたいショップ店長だ。
お顧客さんから頼まれりゃ、ちょっとした情報提供くらいどうってことない。
で、この男だが――」
す、と山中さんはテーブルにスマホを置いた。写真が見えた。
華やかなアパレルショップで、にこりと笑った若いイケメンと山中さんが肩を組んで笑っているスナップショットだ。
スミレの顔がスーッと青くなった。
「石原さん……」
「ああ。石原文明、24歳。総合商社『サトー物産』の広報担当。2年前に東京のN大を卒業後に入社。
去年から名古屋支社に転勤——あっているか?」
「はい……そうです、彼です。まちがいないです!」
スミレは小さな声で叫んだ。大男はニコッと笑った。笑うと大型犬みたいに見えて、頼りになる感じ。
「じゃ、ビンゴだ。石原氏は俺の『もと客』でね。名古屋へ転勤するまでは、そうとう稼がせてもらったぜ。
名古屋にはうちのブランドのショップがないんで、今はよそに浮気したみたいだな」
「あ、そう言ってました。直営店は東京にしかないから、買えないんだって……」
スミレが心当たりのある様子で言うと、男は自慢そうにうなずいた。
「ソレな。
ま、センスがない男じゃないが、コンサバに走りすぎるのが短所だ。まだ若いんだ、冒険すりゃいいのに」
「山中さーん、そいつの服のセンスはどうでもいいから、結局のところ既婚者なの、未婚なの?」
若林課長は一口で食べ終わったプリンアラモードの皿から、いじましくスプーンでカラメルソースをさらっている。
よっぽどおいしかったみたい……。
山中さんはちょっと考えてから、スミレではなく、隣に座る『賢者』を見た。
耳の下で切りそろえたボブ、白いシャツに紺色のスカート。いつもの高瀬さんの通勤服だ。
高瀬さんはうなずいてから、スミレに言った。
「調査の結果、既婚者とわかりました」
高瀬さんがそう言った時、スミレが立ち上がった。
「やっぱり……っ!」
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