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第9話「非常に危険な状態でもあります……」
(UnsplashのDynamic Wangが撮影)
いきりたつスミレをおさえるようにして、大男、山中さんが話しはじめた。
「まあまあ、落ち着いてくれよ。
石原氏、夫婦仲は普通だと思うよ。大学卒業と同時に結婚してね。デキ婚なんだが、嫁は名古屋の名家の出身で金がある。
いまは嫁の実家が所有するマンションに住んでて、生活費全般は嫁の実家から出ているって話だ。子供は2歳、男の子」
「……奥さんの家から生活費をもらっているなんて……」
悔しさのあまりうつむくスミレに、高瀬さんが言った。
「彼はそれなりに裕福です。でも子供もいますし、自由になるお金は多くありません。
そして、ぜったいに外で誰かと一緒にいるところを見られてはならない。
だから――」
ほんの少し口調がやさしいと思うのは、あたしの気のせいかな……?
高瀬さんが言いかけたことを、スミレが引き取った。
「だから、外食しない。プレゼントも買わない。
会うのは夜だけで、ずっとあたしの部屋にいるか、個室カラオケに行くくらい……おかしいと思っていた!」
しだいに興奮するスミレに対して、高瀬さんは冷静に続けた。
「西崎さん、事実は事実です。そこからどういう形に展開するかは、あなたがご自分で決めることです。
どうしますか?」
「別れます! でも、それだけじゃ胃がおさまらない」
「胃? あ、僕ちょっとお腹が空いてきたみたい……・」
「若林課長、スミレは日本語がうまく出ないときがあるんです。いま言いたいのはつまり……」
「『腹に据えかねる』って事ですね」
「それです、高瀬さん」
「そうよ!」
どん、とスミレはテーブルをたたいた。客の少ないカフェにスミレの声が鳴り響く。
「私、あいつの家を突き止めて直接、話すわ、チョクハン……チョクダンパー……じゃない、なんていうんだっけ、むつみ?」
「……直談判、かな?」
「それ!」
そう言うと、スミレは覚悟を決めたようにうなずいた。
「高瀬さん、ありがとうございました。おかげですっきりしました、
腹は立ちますけど、スッキリしました! 今から何とかして、住所を突き止めます。
……そうよ、だいたいおかしかったのよ。1年も付き合っているカノジョに、自宅の住所をおしえないなんて、へんでしょう?
私、彼の家には一回も行ったことがない。
インフルエンザに罹った時も、足首をねん挫したって言われたときも、『看病しに来てよ』なんて言われたこともない。
当然よね、ヨメがいるんだもの! 奥さんにも言いつけてやる!」
どん、ともう一度スミレはテーブルをたたいた。
さすがに今度は高瀬さんにたしなめられた。
「西崎さん、落ち着いてください。お相手との直談判は、問題がありますよ。
法律上、あなたと石原さんの関係は『不倫』です。
そして不倫の場合、裏切られた配偶者、つまり石原さんの奥さんは、裏切った配偶者――石原さん――と、不倫相手であるあなたを訴える権利があるんです。
いまは、非常に危険な状態でもあります……」
あたしとスミレは顔を見あわせた。
……そうか。相手の男が結婚していた、ということは、不倫って事になるんだ。だから相手の奥さんには、スミレを訴える権利がある……。
え、なにそれ。
ずるくないか、アホ男め!!
「ただし相手の男性が既婚だと知らなかった、ということを証明できれば、
西崎さんが訴えられることは無くなります。
この場合、『既婚者だと全く気付かず、騙されていた』と証明することが重要なのですが、
できますか?
たとえば相手の男性が『いずれ結婚しようよ』とか『結婚前提で付き合っているよ』
などというメッセージを送ってきて、それがスマホに残っていれば立派な証拠になります」
「……いえ。たしかに既婚者とは知らなかったんですが、
『だまされていた』と証明できるものは何もありません。
その点、相手は巧妙でしたから……」
しゅん、とスミレばうなだれた。
あたしもしゅんとする。
そうか……ダメンズでも頭がいいやつっているのね……。
しかしそこで、高瀬さんはしゃんと背を伸ばして、スミレにたずねた。
「とはいえ、何ごとにも『調べる方法』は、あります。
どうするかは、あなた次第です、西崎さん」
「……どういうことですか?」
スミレはぐぐっと身体をテーブルに乗り出した。
あら……いつも冷静な高瀬さんの目が、キラキラしてみえるけど……?
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