第9話「非常に危険な状態でもあります……」

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第9話「非常に危険な状態でもあります……」

d0fead24-d073-4934-968f-4f210a361e1e(UnsplashのDynamic Wangが撮影)  いきりたつスミレをおさえるようにして、大男、山中さんが話しはじめた。 「まあまあ、落ち着いてくれよ。  石原氏、夫婦仲は普通だと思うよ。大学卒業と同時に結婚してね。デキ婚なんだが、嫁は名古屋の名家の出身で金がある。  いまは嫁の実家が所有するマンションに住んでて、生活費全般は嫁の実家から出ているって話だ。子供は2歳、男の子」 「……奥さんの家から生活費をもらっているなんて……」  悔しさのあまりうつむくスミレに、高瀬さんが言った。 「彼はそれなりに裕福です。でも子供もいますし、自由になるお金は多くありません。  そして、ぜったいに外で誰かと一緒にいるところを見られてはならない。  だから――」  ほんの少し口調がやさしいと思うのは、あたしの気のせいかな……?  高瀬さんが言いかけたことを、スミレが引き取った。 「だから、外食しない。プレゼントも買わない。  会うのは夜だけで、ずっとあたしの部屋にいるか、個室カラオケに行くくらい……おかしいと思っていた!」  しだいに興奮するスミレに対して、高瀬さんは冷静に続けた。 「西崎さん、事実は事実です。そこからどういう形に展開するかは、あなたがご自分で決めることです。  どうしますか?」 「別れます! でも、それだけじゃ胃がおさまらない」 「胃? あ、僕ちょっとお腹が空いてきたみたい……・」 「若林課長、スミレは日本語がうまく出ないときがあるんです。いま言いたいのはつまり……」 「『腹に据えかねる』って事ですね」 「それです、高瀬さん」 「そうよ!」  どん、とスミレはテーブルをたたいた。客の少ないカフェにスミレの声が鳴り響く。 「私、あいつの家を突き止めて直接、話すわ、チョクハン……チョクダンパー……じゃない、なんていうんだっけ、むつみ?」 「……直談判(じかだんぱん)、かな?」 「それ!」  そう言うと、スミレは覚悟を決めたようにうなずいた。 「高瀬さん、ありがとうございました。おかげですっきりしました、  腹は立ちますけど、スッキリしました! 今から何とかして、住所を突き止めます。  ……そうよ、だいたいおかしかったのよ。1年も付き合っているカノジョに、自宅の住所をおしえないなんて、へんでしょう?  私、彼の家には一回も行ったことがない。  インフルエンザに罹った時も、足首をねん挫したって言われたときも、『看病しに来てよ』なんて言われたこともない。  当然よね、ヨメがいるんだもの! 奥さんにも言いつけてやる!」  どん、ともう一度スミレはテーブルをたたいた。  さすがに今度は高瀬さんにたしなめられた。 「西崎さん、落ち着いてください。お相手との直談判は、問題がありますよ。  法律上、あなたと石原さんの関係は『不倫』です。  そして不倫の場合、裏切られた配偶者、つまり石原さんの奥さんは、裏切った配偶者――石原さん――と、不倫相手であるあなたを訴える権利があるんです。  いまは、非常に危険な状態でもあります……」  あたしとスミレは顔を見あわせた。  ……そうか。相手の男が結婚していた、ということは、不倫って事になるんだ。だから相手の奥さんには、スミレを訴える権利がある……。  え、なにそれ。  ずるくないか、アホ男め!! 「ただし相手の男性が既婚だと知らなかった、ということを証明できれば、  西崎さんが訴えられることは無くなります。  この場合、『既婚者だと全く気付かず、騙されていた』と証明することが重要なのですが、  できますか?  たとえば相手の男性が『いずれ結婚しようよ』とか『結婚前提で付き合っているよ』  などというメッセージを送ってきて、それがスマホに残っていれば立派な証拠になります」 「……いえ。たしかに既婚者とは知らなかったんですが、  『だまされていた』と証明できるものは何もありません。  その点、相手は巧妙でしたから……」  しゅん、とスミレばうなだれた。  あたしもしゅんとする。  そうか……ダメンズでも頭がいいやつっているのね……。  しかしそこで、高瀬さんはしゃんと背を伸ばして、スミレにたずねた。 「とはいえ、何ごとにも『調べる方法』は、あります。  どうするかは、あなた次第です、西崎さん」 「……どういうことですか?」  スミレはぐぐっと身体をテーブルに乗り出した。  あら……いつも冷静な高瀬さんの目が、キラキラしてみえるけど……?
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