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「好きです」
ううん、シンプルすぎる。
「好きです、付き合ってください」
要点を押さえてて、かつ気持ちが言えてる。
あの子は、私の告白をどう思ってくれるかな。
喜んでくれるかな?
昨夜は緊張して眠れなかった。
髪を軽く巻いてもらって、今日のために可愛い服も買ってもらった。
大丈夫、きっとうまくいく。
――そう思っていたのに。
「欠席の星野くん以外全員そろってるわね」
あの子は、来なかった。
秘めてきた想いは、打ち明けられないまま終わっていった。
◇◆◇◆
今時、3組に1組の夫婦が離婚するらしい。
そんな話を聞いても、奈央にはピンと来なかった。
自分たち夫婦は大丈夫だろうと思っていた。
それに、奈央はもう35歳。結婚して10年目になる。
今更離婚すれば、老後はひとりかもしれない。
そんな将来から、目を背けていたのかもしれない。
「こんなことならもっと早くに現実を見ておけばよかった」
奈央は小声で呟いた。
体調不良で早退した午後2時のこと。
自宅の玄関を開けると、仕事に行っているはずの夫の革靴と見覚えのあるピンヒールが脱ぎ散らかされた光景があった。
音を立てないようにそっと玄関を閉め、パンプスを脱ぎ、ゆっくりと室内に入る。
お風呂場の方から、シャワーの音が聞こえてきた。
夢であってほしい。
そう思う一方で、冷静にスマホを取り出して現場の証拠を押さえようとしている自分がいる。
「ちょ、やだぁ」
「後で排水溝のネット替えときゃアイツ気づかないよ。だって鈍感だし」
「えぇー、でもぉ」
お風呂場で何やってるんだか。
奈央は呆れながら、カメラアプリで動画の撮影を始める。
「で、奈央とはいつになったら別れてくれるの?拓真くん」
「余命宣告されたアイツの親父が死んで、遺産が入ったらすぐ別れるよ」
動画でもっと音声を拾うつもりだった。
しかし、拓真の信じられない言動に、奈央は洗面所の床に座り込んだ。
だがいつまでもそうしている訳にもいかず、立ち上がるとスマホを正面に構えてお風呂場のドアを勢いよく開けた。
「うわっ」
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