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莉子が母親と過ごした時間より、奈央の実家で過ごした時間が長いとしても。
教育の義務があるのは莉子の親であって、奈央の親ではない。学校でいじめの術ばかり学んで、善悪の区別をつけようとしなかったのも莉子自身だ。
奈央の母が簡単に割り切れることではないとしても、自分に都合のいい道を選んで自分勝手に振る舞い続けたのは莉子の選択だと奈央は思っている。
奈央の言葉に、母親は目を瞬かせた後、「同じようなことをお父さんにも言われたわ」と微笑んだ。
それから彼女は両手をパンと叩いて、気持ちを切り替える。
「明日は奈央の恋人が来てくれるんだったわね。気合い入れてご飯作りたいから、もう休むわね」
◇◆◇◆
「あけましておめでとうございます」茜は言ってからハッとする。「あ、はじめまして。星野茜と申します。奈央さんとお付き合いさせていただいてます」
正月早々に初対面の人と挨拶をすることは稀だと茜は思った。
新年の挨拶と初めましての挨拶はどちらが先だっただろうかと頭を悩ませながら、奈央の両親に頭を下げる。
「あけましておめでとうございます。奈央の父です」
奈央の父親は、物腰が柔らかそうな男性だった。背は高く痩せ型。鼻筋が高くどこか西洋風の顔立ちに見える。
「奈央の母です。はじめまして」
奈央の母親は若々しく、首が長い華奢な女性だ。
奈央の以前の髪色や目元は父親に似ているが、華奢な体つきと鼻は母親そっくりだ――と茜は思った。
「奈央、恋人がこんなにかっこいいなんて一言も言ってなかったじゃない」
茜を見て、奈央の母親が奈央を小突く。仲のいい家族だなと茜は微笑ましく思うのだった。
奈央の自宅で食事をしながら、和やかな時間が流れる。
他愛のない話が続いたが、彼らは茜の過去をほじくり返す訳でも、奈央に結婚を急かす訳でもなかった。
「茜くん」と奈央の父。
「はい」茜は身構えた。
「娘はあまり自己主張をしないし、我が儘も言わない。だから、傍にいる君が、奈央のことを一番気にかけてあげてくれるかな」
確かに奈央は我が儘を言わない。いつもどこか遠慮がちだ。
もちろんです――と茜が答えると、奈央は「そういうこと言わなくていいから!」と父親に笑いながら抗議していた。
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