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子どもが親より先に旅立つことを、親不孝と言うのだそうだ。
だが、隼にはそうは思えなかった。ただ、そうなった原因が自分にあったのかもしれないという罪悪感が胸につっかえていた。
読経を聞きながら、喪主の席から奈央の遺影を見つめる。10年前の結婚式での写真の切り抜きを遺影にした。
遺影用に多少加工はされているが、幸せにあふれた笑顔は変わっていない。その顔を見ると胸が締め付けられた。
身元確認のために警察を訪れた際、奈央の亡骸を見て隼はショックのあまり膝から崩れ落ちた。彼女の亡骸は損傷が少なく、あまりにも綺麗だった。
まるで眠っているようだった。それなのに、もう彼女が起き上がることも、笑顔で話しかけてくれることもないのだという絶望からだった。
彼女の死因はバスタブに頭を押し込まれた際にお湯をたくさん飲んでしまったことによる溺死だった。口の中が、入浴剤でオレンジ色に染まっていなければにわかには信じ難かった。
「このたびは、ご愁傷さまでした。……本当に、残念でなりません」
告別式の後、誰かが妻の知央に話しかけるのが聞こえた。黒髪のすらりとした痩せ型の男だ。
じっと彼を見つめてみると、表情に生気がなく虚ろで、まるで鏡の中で見た隼自身と同じ表情に思えた。
「茜さん、来てくれてありがとう」と知央。
「それしか、彼女にしてあげられることはもうありませんから。……こうなるのなら、もっと早く彼女に――」
その先の言葉は聞き取れなかった。彼が言葉に詰まってハンカチで口元を覆ってしまったからだ。
「失礼します」と言い残し、茜と呼ばれた彼は葬儀場を去って行く。
奈央の葬儀に足を運んだ参列者の多くは、大学時代に親しかったという友人たちだった。しかし中には小学校時代の同級生も少ないもののいた。
先ほどの、茜という男も恐らくそうだった。小学校の頃に奈央の口から何度か名前を聞いたのを覚えていたからだ。特に小学校高学年の頃には、彼と莉子の名前以外を聞くことはなかったように思う。
他にも、奈央の遺体の傍で「ごめんなさい」と泣きながら繰り返す女も3人いた。隼には何故謝っているのかわからなかったが、奈央への罪悪感で胸がいっぱいの隼は彼女らを責める気は起らなかった。
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