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死ぬのが奈央ではなく、俺ならよかったのにな――隼はそう考えながら寝室で眠りにつく。
しかし様々なことが脳裏を過り、寝付くことは出来なかった。ふと思い立ち、知央に書き置きを残すと彼女を起こさないよう、静かに家を離れた。
言うことを聞かない体を引きずって訪れたのは、寂れた神社だ。
そこは昔、川だったところを埋め立ててできた神社だそうで、どんな願いでも叶うという都市伝説があった。
もちろん都市伝説など半信半疑だ。いい歳の大人にもなって真に受けている訳ではない。ただ、藁にもすがる思いだった。
「神様、お願いします。余命僅かの俺はどうなっても構いません。ですから、若くして亡くなった娘にどうか幸せが訪れますように――」
いい父親になろうとして、いつも空回っていた。理想の父親像には程遠い父だった。
今更神頼みをしても遅いだろうし、気休めにしかならないだろう。いわば自己満足だ。
どんな願いでも叶うという噂にすがるほど、まだ奈央の死を受け入れられていないだけだ。
それは隼自身がよくわかっていた。だが、それでも――親としての願いなのか、罪悪感からの願いなのかはわからないが、娘の幸せを望まずにはいられなかった。
その時、ぶわっと強い風が吹き抜けた。先ほどまで風はさほど吹いていなかったため、隼は驚く。
その風には、まだ咲いているのを見かけていない桜の花びらが乗っていて、さながら桜吹雪だった。
隼の正面から吹いた風は、隼の後ろにある参道の真ん中を吹き抜けていく。
いわゆる正中は神様の通り道だと親から教わった隼は、神様が通り抜けたのだと思った。
咄嗟にもう一度、心の中で願い事を唱え、ぎゅっと強く目を瞑る。
それから深々と神殿に向かって頭を下げ、回れ右をすると参道の端を歩いて帰路につく。
その時、胸が強く痛み、息が吸えなくなった。安静にせずに外を出歩いたから体が悪くなったのだろうかと隼は思った。
あるいは、願いが叶おうとしているのだろうか。そうだとして、隼にそれを確かめる術はない。
こうなるのなら、どうなってもいいと言わなければよかった。
そう思いながら隼は目を瞑る。
だが、もしも本当に願いが叶うのなら――奈央は幸せになると捉えていいのだろうか。
隼の心の中の問いに答えるように、もう一度桜吹雪が参道を駆け抜けた。
地面に倒れこんだ隼の目にその光景が僅かに映る。
暫くして、倒れた隼を見つけた通行人が呼んだ救急車の中で、彼は息を引き取った。
その手には桜の花びらが握られていたが、神社の周辺の桜の木は蕾のままだったため、救急隊員はこぞって首を傾げたという。
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