ウインカーおじいさん

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「ふぅ……、間に合った。 まったく、朝から参ったな」 S小学校の職員室に慌てて入ってきた男性教師のTは開口一番、そう言いながら自分の席の椅子を引いた。 「おはようございます。どうしたんですか?溜め息なんかついて」 (はす)向かいから、女性教師のIが声を掛ける。 「ああ、I先生、おはようございます。 実は今朝、車で学校に向かっている途中、いつも通ってる道が事故で通行止めになっていたので遠回りしてきたんです。 だから時間掛かっちゃって」 「大変でしたね。事故があったのは交通量が多い場所なんですか?」 「いえ、交通量も少なくてほとんど人が通らない十字路なんですが、ここは何故か昔から事故が多発しているんですよ」 「油断してスピードを出しすぎちゃうんですかね」 「そうかもしれませんが、この十字路には妙な噂があるんです」 「噂?」 Iは目をしばつかせた。 「車のウインカーをつけずに十字路を曲がると、後方にお爺さんが現れて『目ン玉付いてんのかぁ~っ!!』って叫びながら、裁縫用の針と糸を持って追いかけてくるんだとか。 追い付かれるとウインカーをつけなかった方の(まぶた)をあっという間に縫われてしまって、一生片目を瞑った(ウインク)状態で過ごさないといけないそうなんですよ……!」 + 「で、一生片目を瞑った(ウインク)状態で過ごさなきゃいけないって訳」 職員室に落とし物を届けに行った時にT先生がI先生に話していた話を聞いたAが、教卓の上にどっかりと座り、自身の持ちネタのようにさっそく披露している。 「ウインカーって、右とか左に曲がる時につけるランプだよね」 僕は親が運転している姿を思い出しながらAに問う。 落とし物を拾ったのは僕で、それを無理やり奪い取って職員室に持っていったのはAだったが、いつもの事なので特に気にしてはいなかった。 「右折か左折をする3秒前30メートル手前でウインカーを出す事が義務付けられているね。でも曲がる直前でウインカーを出す車も多いんだ。その理由が『面倒臭い』、『うっかりしていた』の他に『どっちに曲がるかを他の車に知られたら恥ずかしい』って理由もあるみたいだよ。 その理屈なら駅で切符も買えないよね?」 クラスで一番成績がいいBは、いつものように隙あらばと大人顔負けな知識をひけらかしている。 「ウインカー出さない車って多いよね。私も自転車で走ってる時、向かい側から来る車がどっちに曲がるか分からないから、車が曲がるまで待ってるよ」 いつも冷静なC子は、都市伝説よりも交通ルールの方に着目しているらしい。 「瞼を縫われるとか怖すぎだって……」 線が細く、4年生になった今でも女子に間違われるDは小刻みに震えていた。
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