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俺は目が合わないように、青いセダンのバックミラー越しに運転手を見た。そこには大女優がしているイメージの強い、大きなサングラスをした女が映っていた。女となれば、浮気相手で間違いないだろう。
信号が青に変わると、俺はゆっくりとアクセルを踏みながら女性客に声をかけた。
「あのー」
「はい?」
「走っている車が少ないので、じきにバレてしまうと思うんですが」
「責任は問わないので……お願いします」
口を真一文字につぐみ頭を下げる姿に、俺は彼女の力になりたいと思った。
「こんなお願いをして、すみません。運転手さんをしてらっしゃると、たまにあったりしますか?」
やさしい口調だが、どこか芯の強さを感じさせる声色に心が揺れた。
「実は、この仕事は今日が初めてなんですよ。あ、迷惑なんかじゃないですよ。以前は長距離バスの運転手をやっていたんですけど、体を壊してしまって。それで個人タクシーをね。いやーこんな経験が出来て良い記念日になりそうです」
面白くもないが俺は声を出して笑った。
「私もです」
「え?」
視線を感じて、ちらりとバックミラーを見ると彼女が視線をそらした気がした。
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