『あなたの道、教えます』

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 舗装された山道に出ると、少し先に両親の後ろ姿が見えた。だが散々走り回り泣き叫んだせいで喉がカラカラで呼吸も乱れていて、呼ぼうと思っても全く声が出なかった。両親は夢花に気がつく様子なく後ろを向いたままだ。それでも夢花は「これで助かる」と思った。ふらつきながらも両親の元へ歩き出す。  辺りには夢花の乱れた呼吸と不規則な足音、葉擦れの音だけが響いていた。狐面の声がしない。夢花は後ろを振り返る。狐面は追ってきていないのか、遠目にすら姿が見えない。これで終わりだ。今度こそ助かったのだと、夢花は目に涙を浮かべて両親の姿を見る。  両親は微動だにしない。おかしい。夢花に気がついていないにしても動かなすぎた。それに、さっきは娘を探す声を出していたはずなのに、夢花の目の前にいるふたりはその素振りが一切ない。  夢花は近付こうとしていた足をぴたりと止めた。落ち着き始めていた心拍数が再び上がっていく。ハッ、ハッ、と呼吸が浅く短くなっていく。顔は血の気が引いて青ざめ、見開いた目の中で瞳孔が大きく開く。全身がわななき、カチカチと奥歯が音を鳴らした。  直後、夢花の両親はぐるりと首だけを180度回して振り返った。その顔には黒い狐面がつけられている。あり得ない首の動きと両親がお面をつけていることに腰を抜かし、夢花はどすんと尻もちをついた。  「道がありません」  「――っ!」  両親だと思っていたものが発した言葉に、夢花は声にならない悲鳴を上げた。少しでも逃げようと地を這う。そんな夢花をただ見つめながら、両親の格好をした狐面は音もなく彼女の後をついていく。  全身を擦り傷だらけにしながら地を這って逃げていた夢花は、伸ばした手が地面のを掴んだことで、ついに動きを止めるしかなくなった。それは夢花がこれ以上道のない崖の上にいることを示していた。  夢花が恐る恐る身をよじり振り返ると、狐面をつけた両親が黙って夢花を見下ろしていた。だが見下ろしているように見えてその実、お面の穴から見えるふたりの目は、ぐるぐると左右別々に黒目が回転している。  「ひゅっ!」  夢花はまた悲鳴を上げたつもりだったが、それはほとんど空気が喉を通る音に過ぎなかった。夢花は足を曲げてできるだけ身を縮めた。後ろに手を付き膝を曲げて崖のギリギリで縮こまる。  (助けて……誰か……。梨花、先生、お婆ちゃん、お爺ちゃん……!助けて……神様……!)  心の中で必死に助けを求めるが、彼女の前に現れたのは救世主ではなく狐面だった。それも複数の狐面が、ひとり、ふたり、と音もなく夢花に近づいてくる。  「道がありません」  「道がありません」  「道がありません」  「道がありません」  (いやだ、死にたくない!死にたくない!死にたくない死にたくない死にたくない!)  夢花の見開いた目からぼろぼろと大粒の涙が溢れる。ガタガタと全身の震えが大きくなり、呼吸は異常に浅くなり、手足や口元が痺れた。狐面に囲まれた夢花は、後ろが崖であることも忘れ、逃げようとして思いきり手を伸ばした。瞬間、彼女の体は宙に投げ出される。  (ああそうだ、道が――)  死を悟った夢花が気を失う瞬間、狐面たちは口を揃えて言った。  「道がありません」
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