『あなたの道、教えます』

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 朝比奈夢花(あさひな ゆめか)がある週末に原宿の竹下通りを歩いていると、普段は見もしない裏路地に占い師のように座っている人がふと目に留まった。近くの店で売っているプラスチック製の黒い狐面を被っていて、雰囲気は占い師のようだが占いに使いそうな道具は見当たらない。  「あなたの道、教えます……?」  夢花は少し近付くと看板に書かれている文字を読んで首を傾げた。夢花は占いにはあまり興味はなかったがその日は何故だか異様に惹かれて、数名並んでいた最後尾に連なってみる。  並んでいるのは全員が若者で、狐面はそれぞれにやるべきことや行くべきところを教えていた。あなたの道、というのは職種とか学問とかの向いていることを指しているようだった。昨日、進路希望調査票の再提出を求められたばかりの夢花は、前の人との距離を半歩詰めた。  「あなたは……芸能の道に進むといいでしょう」  前の人がそう言われているのを聞いて、夢花は狐面を訝しむ。前の人は顔もそこそこだし狐面と話す声はぼそぼそと小さいし、スタイルも普通だ。素人の夢花から見たらとてもじゃないが芸能の才があるようには見えなかった。  (まぁいっか、どうせ占いなんて良いことだけ信じてればいいんだし。とりあえず言われた進路で再提出できればいいし)  それに自分も芸能の才があるなんて言われたとしたら、そんなのは嘘でも嬉しいじゃないか。夢花は浮かれ気分で狐面の前に出て財布を取り出そうとする。  「お金は要りません」  財布を出そうとしたのを止めた狐面に、夢花はぱちくりと目を瞬いた。タダで占うと言うのだろうか。夢花は不思議に思ったが、出費にならないのは自分にとっては良いことだと、ありがたく財布を鞄の奥に戻した。  「お名前を」  「朝比奈夢花、17歳!やりたいことなんてないし、進路希望の紙にテキトーにお嫁さんって書いたら先生に怒られました~!」  先程まで冷たさの中にも優しさを感じる女性の声だった狐面の声が、名前を聞く時だけ加工したように酷く歪んで聞こえた。それはあまりに不気味で、震える手を握り込んで夢花は必死に口を回した。聞かれてないことまで答えてしまったが、幸い追求されることはなく、夢花は密かに安堵した。  結局、狐面が不気味だったのはその一瞬だけで、その後はすぐに元の声に戻ったため、夢花は気のせいだったのだと思うことにした。  家族構成や学校生活のことまで聞かれ、占いというより診断のようだと夢花は思った。ならば余計に進路希望調査票に書きやすい答えをもらえるのではないかと、狐面を期待の眼差しで見つめる。  「あなたは……道がありません」  「へ?」  だが、告げられた言葉は夢花の期待を大いに裏切るものだった。どういうことかと混乱しているうちに、気がつけば夢花は竹下通りの喧騒の中にいた。夢花は何だかムカついて来て、お面を引ったくってやろうかなんて考えながらさっきの路地裏を探すが、もうどこにも狐面はいなかった。  それどころか、次第にどの路地裏だったかも思い出せなくなってきた。それを自覚すると徐々に怖くなってきて、あの不気味に歪んだ声が頭をよぎる。夢花は足早に駅へ向かい、いつもより早い時間に帰宅した。
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