【4P】冷たい涙

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* 「おばちゃん…ちょっとどいて!」 (おばちゃん…!?) 今の若い俳優達は、私が最も輝いていた時のことを知らない。 私が『東洋のダイヤモンド』と呼ばれ、国内だけではなく、海外の映画にも何本も出ている時代の事を彼らは何も知らない。 それは仕方のない事だ。 彼らは若いのだから。 しかも、今日の私は飛び切りみすぼらしい格好をしている。 今日の私は、犯人の隣に住んでいる貧乏な老婆という役なのだから。 出番もほんの少しだけだ。 刑事に犯人の事を訊ねられて、それに答えるだけ。 * 「それで、隣の内山はどういう人物でしたか?」 「感じの悪い人ですよ。 挨拶をしても知らんふりですし、ゴミの出し方もいいかげんで、酒を飲んでは大声で叫んだりしてね。 あ、私がこんなこと言ったなんて、言わないで下さいよ。」 「そうですか。 それで、6月8日の午後9時頃、内山は家にいましたか?」 「8日…ですか…? あ、あぁ、いました! 私がうとうとしながら時代劇を見ていた時ですから、確か、9時頃です。 隣の部屋から、またいつものように叫び声が上がってました。」 「ほ、本当ですか!? 8日に間違いないですか!?」 「私はまだボケちゃいませんよ!」 「カーット!」 「監督…今のシーンなんですが、最後の台詞がちょっと…」 「最後の台詞?大丈夫、大丈夫!何の問題もない。」 私の言い分なんて、聞いてももらえない。 それも仕方のないことなのかもしれない。 70を目前にした私の演技なんかに、注目している視聴者はいないだろうから。 家にいると、ついつい昔の自分の映画を見てしまう。 自分で言うのもなんだけど、若い頃の私は本当に綺麗だ。 誰からもちやほやされて…いや、そんなことよりも、いろんな役に挑戦出来たのが楽しくてたまらなかった。 そう…私は、女優という職業を愛している。 演じたくてたまらない。 だけど、こんな年になっては、演じられる役はごく少なくなっていく。 そもそも、使ってももらえない。 私はまだ台詞覚えも悪くなってないし、長台詞だってなんだって、やり切れる自信はあるのに…
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