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「おばちゃん…ちょっとどいて!」
(おばちゃん…!?)
今の若い俳優達は、私が最も輝いていた時のことを知らない。
私が『東洋のダイヤモンド』と呼ばれ、国内だけではなく、海外の映画にも何本も出ている時代の事を彼らは何も知らない。
それは仕方のない事だ。
彼らは若いのだから。
しかも、今日の私は飛び切りみすぼらしい格好をしている。
今日の私は、犯人の隣に住んでいる貧乏な老婆という役なのだから。
出番もほんの少しだけだ。
刑事に犯人の事を訊ねられて、それに答えるだけ。
*
「それで、隣の内山はどういう人物でしたか?」
「感じの悪い人ですよ。
挨拶をしても知らんふりですし、ゴミの出し方もいいかげんで、酒を飲んでは大声で叫んだりしてね。
あ、私がこんなこと言ったなんて、言わないで下さいよ。」
「そうですか。
それで、6月8日の午後9時頃、内山は家にいましたか?」
「8日…ですか…?
あ、あぁ、いました!
私がうとうとしながら時代劇を見ていた時ですから、確か、9時頃です。
隣の部屋から、またいつものように叫び声が上がってました。」
「ほ、本当ですか!?
8日に間違いないですか!?」
「私はまだボケちゃいませんよ!」
「カーット!」
「監督…今のシーンなんですが、最後の台詞がちょっと…」
「最後の台詞?大丈夫、大丈夫!何の問題もない。」
私の言い分なんて、聞いてももらえない。
それも仕方のないことなのかもしれない。
70を目前にした私の演技なんかに、注目している視聴者はいないだろうから。
家にいると、ついつい昔の自分の映画を見てしまう。
自分で言うのもなんだけど、若い頃の私は本当に綺麗だ。
誰からもちやほやされて…いや、そんなことよりも、いろんな役に挑戦出来たのが楽しくてたまらなかった。
そう…私は、女優という職業を愛している。
演じたくてたまらない。
だけど、こんな年になっては、演じられる役はごく少なくなっていく。
そもそも、使ってももらえない。
私はまだ台詞覚えも悪くなってないし、長台詞だってなんだって、やり切れる自信はあるのに…
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