2話

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2話

 郵便がないと答えると、彼女は淋しそうな顔で家に戻っていきます。そして次の日になれば、また同じことを尋ねるのです。  こちらの返事も変わりません。  いっそ手紙を偽造したいと思いました。でも、中にどんなことが書かれていたか分からないので、できません。  毎月の配達があったころ、ぼくはいっとき、差出人をねたみました。  セアラさんを想う気持ちは負けない。けれど、いちばんの笑顔にすることはできません。直接に会って言葉を交わしているのに。  便りが来なくなればと思ったこともあります。でも、月の初めにそれを見つければ、必ず届けました。彼女に喜んでほしかったから。  いまは、ふたたび送られてくるよう祈ります。セアラさんに幸せをもたらしてほしい。そのためには、あの手紙でなければならないのです。  途絶えた初めのうち、差出人はちょっと病気でもしたのだ、と考えました。次第に、重大な理由があって便りをしたためられなくなったのでは、と不安になりました。  もちろんぼくが心配しているのは、セアラさんです。元気を取り戻してもらうには、その望みが叶わなければなりません。  郵便局に送られてくる配達物のなかに、あの手紙が見つからないとガッカリしました。そして、重い足を引きずるように町を歩いていきます。  手紙がないので、セアラさんを訪ねる必要はありません。でもどのみち、配達でその通りを過ぎるため、待ちわびる相手と顔を合わせます。  彼女は日に日に表情を暗くしていきます。ぼくが不幸(ふしあわ)せにしているような気持ちになりました。  ぼくが行かなければ、セアラさんはいつまでも待っているのではないでしょうか。だから、哀しませると分かっていても、残酷なことを言わなければなりません。  やがて彼女は、こちらの表情で答えを察するようになりました。  ときにただ「お疲れさまです」とねぎらい、ときに小さな会釈だけして家に戻ります。  ぼくは、手紙を届ける日々が、自分にとっていかに幸せだったか、理解しました。  セアラさんとわずかばかりの話をして、郵便を渡したあのころ。それがずっと続くと信じていた。けれど、終わりは不意にやってくるものなんですね。  できることなら戻りたい。  冬の寒さが厳しくなると、ついに彼女は姿を見せなくなりました。  体を壊したのではと心配しましたが、隣人に聞くと、変わらず日常を送っているそうです。  セアラさんはきっと、ぼくの顔を見ることすらつらいのでしょう。  寒いなか待ちつづけられるよりは、ましです。でも会えなくなって、淋しかった。 * * *  長い冬のあいだ、ぼくはいちどだけ風邪をひき、そのとき以外は仕事に精を出しました。  べつの家に郵便を届けて、「ありがとうございます」と言われると、心が元気になります。同時に、すこし切なさがにじみました。  冬の寒さはこたえますが、歩き回れば苦になりません。  彼女の家の前を通るとき、たまにカレーやシチューの匂いがただよってきます。しっかり食べて元気でいてくれますように、と願いました。  やがて春がやってきました。
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