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3話
「すみません、セアラさん! 郵便屋です!」
ぼくは彼女の家の前で声を上げました。すこししてドアが開き、驚いた顔の相手が立っていました。
「どうしたんですか?」
「来たんです、あなたあてに手紙が!」
「えっ?」
あわてて門まで駆け寄るセアラさんに、ぼくはそれを渡しました。差出人の書かれていない、真面目な文字の手紙です。
彼女が呆然と眺めました。
ぼくは届けられたことにホッとします。
「よかったですね」
「ええ……」
彼女は戸惑っています。ぼくは促すつもりで言いました。
「次の配達がありますから、これで」
立ち去ろうとすると、「郵便屋さん」と呼び止められました。セアラさんは感情をこらえるような笑みを向けます。
「ありがとうございます」
「いえ、仕事なので」
彼女は深い会釈をしてくれました。
ぼくはあくまで郵便屋で、相手は届け先の娘さん。でもこのときは、わずかに歩み寄ったような気持ちになりました。
* * *
数日後、二時すぎにその通りを歩くと、セアラさんがポストのそばで立っていました。
ぼくはちょっと戸惑います。彼女が口を開きました。
「郵便屋さんに謝りたかったんです。ごめんなさい、何度も手紙を催促したりして。あなたのせいではないのに、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ! 心待ちにされていたのですから、ぼくに尋ねるのは当然です。気にしないでください」
すると相手は微笑んでくれます。
「すこしだけ、お話を聞いてもらえますか?」
ぼくがうなずくと、セアラさんは語りました。
やはり手紙の主は、彼女の想い人でした。身分の違いから引き離されたものの、片道の便りによって細い糸がつながっていたのです。
結局、その相手は彼女を諦めざるをえなくなりました。このあいだ届けた手紙には、別れの言葉がつづられてあったそうです。
彼女は淋しそうな目で言いました。
「もう手紙はきません」
それから、ほんのすこし吹っ切れたような笑みを浮かべます。
「大丈夫です、私は過去にすがっているだけと気付いていましたから」
「セアラさん……」
「それでも、待つ日々は幸せでした。届けてくれたあなたに感謝しています。ありがとうございます」
「いえ、ぼくは仕事をまっとうしただけ。お役に立てて、なによりです」
ぼくがこの人を笑顔にすることはできないけれど。
最後の手紙を届けられてよかった。万が一、あれがどこかで行方不明になろうものなら、彼女の心は、いまもさまよっていたでしょう。
セアラさんが告げました。
「来月にはここを引き払います。慣れ親しんだ町を離れるのは淋しいですが……」
ぼくは言葉を失います。彼女は感慨ぶかげに言いました。
「郵便屋さんにはお世話になりました。いつも大切に手紙を届けてくれて、嬉しかったです。きっと、これからもたくさんの人を笑顔にするでしょうね」
励ましの言葉に、ぼくは思わず泣きたくなりました。
「まだまだ未熟者ですが、報われました。セアラさんには明るい未来が待っています。どうぞ、元気でいてください」
「はい」
彼女がまぶしい笑顔を向けてくれます。それがいちばんでした。
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