4話

1/1
前へ
/5ページ
次へ

4話

 今月が一日ずつ減っていくにつれ、ぼくは落ち着かない気持ちになります。あれから彼女と顔を合わせる機会はありません。  来月にはどこかへ行ってしまう。このまま終わっていいんだろうか。  休みの前夜、勇気を振りしぼって一通の手紙を書きました。そして翌日、私服で彼女のもとへ向かいました。  家の前までやってきたものの、声をかける勇気が出ません。あたりをウロウロして、帰ってしまおうかと考えました。  そのとき、ドアが開いてセアラさんが現れました。  ぼくはビックリしましたが、隠れるわけにもいきません。バツの悪い気持ちで立ちすくんでいると、彼女が尋ねました。 「家のなかから見えたので。なにかご用ですか?」  意気地なしのぼくは、ごまかして逃げようと思いました。でも、それでは後悔することも分かっています。  相手の目を見られないまま、おずおずと手紙を差し出しました。ぼくの腕は細かく震えます。 「言葉にできないので書きました」  セアラさんがそれを受け取って、差出人を見ました。 「郵便屋さんのお名前は、リオンさんっていうんですね」 「あ、はい」 「いま読んでもいいですか?」  ぼくは答えに詰まり、彼女を窺いました。相手がふんわり微笑んでいます。ぼくは観念してコクッとうなずきました。  彼女が封筒を開いて、たたまれた便箋を広げます。書いてあるのはたった一言。 『好きです』  セアラさんは目を見開き、その文字を眺めます。二度まばたきをして、わずかに頬を染めました。  それから、ためらいがちにこちらを見て、恥ずかしそうに笑いかけてくれます。 「嬉しいです」  ぼくはこの場にいるのが精一杯で、なにも言えませんでした。  彼女はすこし考えたあと、ポツリとつぶやきました。 「もし、私がこの町にとどまっていられたら――」  言葉が途切れ、セアラさんは淋しそうに目を細めました。 「……なにを言っているんでしょう。聞かなかったことにしてください」 「セアラさん……」  彼女は封筒と便箋をそっと抱きしめました。 「これが、あなたから受け取る最後の手紙です」  ぼくはその事実に泣きたくなり、涙をこらえます。 「……はい」 「ほんとうにありがとうございました。これからも、やさしい郵便屋さんでいてください」  ぼくはうなずきました。彼女はもの言いたげな目をしたあと、懸命な笑みを浮かべてくれました。 「どうかお元気で。リオンさん」 「セアラさんも……お元気で」  そうしてぼくたちは、最後に笑い合いました。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加