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4話
今月が一日ずつ減っていくにつれ、ぼくは落ち着かない気持ちになります。あれから彼女と顔を合わせる機会はありません。
来月にはどこかへ行ってしまう。このまま終わっていいんだろうか。
休みの前夜、勇気を振りしぼって一通の手紙を書きました。そして翌日、私服で彼女のもとへ向かいました。
家の前までやってきたものの、声をかける勇気が出ません。あたりをウロウロして、帰ってしまおうかと考えました。
そのとき、ドアが開いてセアラさんが現れました。
ぼくはビックリしましたが、隠れるわけにもいきません。バツの悪い気持ちで立ちすくんでいると、彼女が尋ねました。
「家のなかから見えたので。なにかご用ですか?」
意気地なしのぼくは、ごまかして逃げようと思いました。でも、それでは後悔することも分かっています。
相手の目を見られないまま、おずおずと手紙を差し出しました。ぼくの腕は細かく震えます。
「言葉にできないので書きました」
セアラさんがそれを受け取って、差出人を見ました。
「郵便屋さんのお名前は、リオンさんっていうんですね」
「あ、はい」
「いま読んでもいいですか?」
ぼくは答えに詰まり、彼女を窺いました。相手がふんわり微笑んでいます。ぼくは観念してコクッとうなずきました。
彼女が封筒を開いて、たたまれた便箋を広げます。書いてあるのはたった一言。
『好きです』
セアラさんは目を見開き、その文字を眺めます。二度まばたきをして、わずかに頬を染めました。
それから、ためらいがちにこちらを見て、恥ずかしそうに笑いかけてくれます。
「嬉しいです」
ぼくはこの場にいるのが精一杯で、なにも言えませんでした。
彼女はすこし考えたあと、ポツリとつぶやきました。
「もし、私がこの町にとどまっていられたら――」
言葉が途切れ、セアラさんは淋しそうに目を細めました。
「……なにを言っているんでしょう。聞かなかったことにしてください」
「セアラさん……」
彼女は封筒と便箋をそっと抱きしめました。
「これが、あなたから受け取る最後の手紙です」
ぼくはその事実に泣きたくなり、涙をこらえます。
「……はい」
「ほんとうにありがとうございました。これからも、やさしい郵便屋さんでいてください」
ぼくはうなずきました。彼女はもの言いたげな目をしたあと、懸命な笑みを浮かべてくれました。
「どうかお元気で。リオンさん」
「セアラさんも……お元気で」
そうしてぼくたちは、最後に笑い合いました。
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