5話

1/1
前へ
/5ページ
次へ

5話

 しばらくあとのこと。  ぼくは配達を終えて、郵便局に帰りました。 「ただいま戻りましたー」  局員たちが「お疲れさま」とねぎらってくれます。新人のころに仕事を教わった先輩も、声をかけてきました。 「今日は郵便が多かったから疲れただろ」 「いえ、大丈夫です!」 「例の家にも手紙を届けたんだよな。どうだった?」 「新しい住人は、若い夫婦と小さなお子さんでした。穏やかなご家族ですよ」 「そうか……」  先輩が心配そうな目を向けてきます。  彼は、いっとき元気のなかったぼくの話を聞いてくれました。  恋をしたこと、その相手がこの町を去ったこと。郵便屋は、幸せだけでなく、ときに不幸(ふしあわ)せを運ぶ場合もあるのだと。  売りに出された彼女の家を見るたび、ぼくはこの仕事を続けていけるのか、自信をなくしました。  すると、先輩は言ってくれました。 「オレなら、お前みたいな真心のある郵便屋に手紙を届けてほしいよ」  でも、無理してがんばらなくていい、と。  ぼくは遠い未来のことを考えるのはやめて、一日ずつ、郵便屋であろうと決めました。  いつか、つらい思いをして辞めてしまうかもしれません。けれど、今日は手紙を届けたい。その気持ちを胸に、郵便を抱えて町を歩くのです。  いくつか季節が変わり、セアラさんの暮らした家に新しい家族がやってきました。改めて、彼女に手紙を届けた日々は過去になったのだと感じました。  先輩は、そんなぼくを心配しています。  正直に言えば、胸が痛い。でも、仕事を辞めたいとは思いません。  届け先の変化というのは、たまに起こります。ぼくにとって嬉しいこともあれば哀しいこともある。  それでもやっぱり郵便屋でいたい。こんなふうに、この町と関わりたいのです。  ぼくは先輩に笑いかけました。 「明日も手紙を届けたいです。これからもご指導おねがいします」  すると、彼も笑ってくれました。 「ああ。北方面の配達は任せたぞ」 「はい!」 * * *  ぼくは晴れの日も雨の日も、郵便カバンを抱えて歩き回ります。受け取る人が嬉しそうなときもあれば、哀しそうなときもあります。  どちらも、大切な届けものです。  でも、ある手紙を届けられずにいます。それは、ぼくの部屋の机にしまわれた一通。宛名は『セアラさん』、便箋には一言『お元気ですか?』。  宛先は空白です。住所がわからないので。けれど、ポストに出せなくても、したためたかったのです。  もしかすると、そんなふうに眠っている手紙はたくさんあるのかもしれませんね。  宛先がわかるなら。  あなたがそれを出す勇気を持てたら。  どうぞ、ポストに投函してください。ぼくは必ず、あなたの言葉をお届けします。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加