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5話
しばらくあとのこと。
ぼくは配達を終えて、郵便局に帰りました。
「ただいま戻りましたー」
局員たちが「お疲れさま」とねぎらってくれます。新人のころに仕事を教わった先輩も、声をかけてきました。
「今日は郵便が多かったから疲れただろ」
「いえ、大丈夫です!」
「例の家にも手紙を届けたんだよな。どうだった?」
「新しい住人は、若い夫婦と小さなお子さんでした。穏やかなご家族ですよ」
「そうか……」
先輩が心配そうな目を向けてきます。
彼は、いっとき元気のなかったぼくの話を聞いてくれました。
恋をしたこと、その相手がこの町を去ったこと。郵便屋は、幸せだけでなく、ときに不幸せを運ぶ場合もあるのだと。
売りに出された彼女の家を見るたび、ぼくはこの仕事を続けていけるのか、自信をなくしました。
すると、先輩は言ってくれました。
「オレなら、お前みたいな真心のある郵便屋に手紙を届けてほしいよ」
でも、無理してがんばらなくていい、と。
ぼくは遠い未来のことを考えるのはやめて、一日ずつ、郵便屋であろうと決めました。
いつか、つらい思いをして辞めてしまうかもしれません。けれど、今日は手紙を届けたい。その気持ちを胸に、郵便を抱えて町を歩くのです。
いくつか季節が変わり、セアラさんの暮らした家に新しい家族がやってきました。改めて、彼女に手紙を届けた日々は過去になったのだと感じました。
先輩は、そんなぼくを心配しています。
正直に言えば、胸が痛い。でも、仕事を辞めたいとは思いません。
届け先の変化というのは、たまに起こります。ぼくにとって嬉しいこともあれば哀しいこともある。
それでもやっぱり郵便屋でいたい。こんなふうに、この町と関わりたいのです。
ぼくは先輩に笑いかけました。
「明日も手紙を届けたいです。これからもご指導おねがいします」
すると、彼も笑ってくれました。
「ああ。北方面の配達は任せたぞ」
「はい!」
* * *
ぼくは晴れの日も雨の日も、郵便カバンを抱えて歩き回ります。受け取る人が嬉しそうなときもあれば、哀しそうなときもあります。
どちらも、大切な届けものです。
でも、ある手紙を届けられずにいます。それは、ぼくの部屋の机にしまわれた一通。宛名は『セアラさん』、便箋には一言『お元気ですか?』。
宛先は空白です。住所がわからないので。けれど、ポストに出せなくても、したためたかったのです。
もしかすると、そんなふうに眠っている手紙はたくさんあるのかもしれませんね。
宛先がわかるなら。
あなたがそれを出す勇気を持てたら。
どうぞ、ポストに投函してください。ぼくは必ず、あなたの言葉をお届けします。
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