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プリンス・シンドローム
君が床に片膝をついて、小さな女の子に話しかける。
君と女の子の背後には、光沢のある白い撮影用の布が下がっている。
僕はカメラのファインダー越しに君を捉える。
今日は三脚を使っている。
商業的な写真というのは難しい。
絶対に失敗できないところが難しい。
「こんにちは。いくつかな?」
お化粧をしてバレエの衣装をつけた女の子に君が問いかける。
今日の午後からバレエの発表会。始まる前に衣装を着けてポーズ写真を撮る。
「十歳」
女の子はおすまし顔で答える。
「今日は何を踊るの?」
君が再び問う。
「白鳥の第一ヴァリエーション」
知らないの? と言わんばかりの女の子の表情。
君は冷静に名簿をチェックする。
「素敵だね。俺も好きだよ」
素敵だね。俺も好きだよ。
脳内でその台詞を反復する。
「いちばん最後のポーズをとってみようか。幕に入る直前の」
女の子は左手を上げてポーズをとる。
僕はシャッターを切る。同じポーズを少なくとも五回は撮って、モニターも確認する。
「もうちょっと、かかとを前に。お客さんに挨拶するみたいに、笑ってごらん」
君が、シンデレラの靴を履かせる王子さまみたいに、ひざまずいたまま彼女の脚の位置を直す。
「かわいいよ。そう。お首は長くしてね」
次々と写真を撮りにやって来るのは、衣装を着けてふわふわと歩く女の子たちと、彼女たちの手を引いた、ちょっと疲れた顔したお母さんたち。
「はい。キューピッドだね。どうぞ」
君が手際よく名簿をチェックして、女の子にポーズをとらせてくれる。
僕はシャッターを押す。
「僕一人じゃどうにもならなかった。柏田くんがいてくれてよかった」
僕の呟きに、君は照れた顔をする。
「慣れてるだけです」
きれいなものは好き。
フリルとリボンとレース。薄いピンクのタイツとシューズ。
ガーリーの極み、みたいな世界の中に溶け込んでいる君。
撮影用の照明を浴びて、君のさらさらした黒い髪に天使の輪が出来てる。
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