プリンス・シンドローム

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 一番最初にポーズ写真を撮影した女の子が言っていたから、その白鳥っていうのは覚えていた。  白鳥の湖のことだと思う。  その他の子どもたちの役柄は全然覚えていない。  今日は君がボランティアで手伝いにきてくれてよかった。  僕一人じゃまるで仕事になんなかったと思う。ポーズの取らせ方が全然分かんない。 「あれは女の人の踊りですけど」 「ダメなの?」  僕が首を傾げると、君は肩をすくめた。 「ダメじゃないですけど」  踊ったことがないから確認する、と言って君はスマートフォンを取り出して動画をチェックした。  君のこういうところ、律儀でちょっと窮屈。  適当に踊っても、僕にはバレるわけないのに。 「白鳥の湖なのに、白鳥の格好して踊らないんだね」  僕は一緒に画面をのぞき込む。 「これは王子のお祝いで友人が踊る場面なんですよ」 「鳥じゃなくて、人間の役なんだ」 「人間です」  バレリーナたちは充分に、飛んでるみたいに見える。  しかも、この場面のチャイコフスキーの音楽はほわほわっとしてる。有名なあの旋律じゃない。  僕はいたずら心を出して、君の耳に僕のイヤホンを突っ込んだ。 「この曲で踊ってよ」 「何ですかこの曲?」  君が目を丸くして、すごい勢いでこちらを見た。 「4拍子で、だいだい速度もおんなじだなと思ってさ」    君は僕のバックパックに自分のスマートフォンを突っ込むと、無言で立ち上がった。  数歩進んで、足元を確認した。  ガラス張りの外壁の外側は御影石とウッドデッキ風の床で構成されていた。  君はウッドデッキ風の部分を選んだ。スニーカーの靴底を床に擦りつけて滑りぐあいを確かめる。  滑り過ぎない方が都合がいいんだろう。  もちろん、スタジオの床の方が都合がいいに決まっている。  もちろんスニーカーなんかで踊らない方がいいに決まってる。  君は黙ったままだ。  怒らせちゃったかな、と心配になる。君はいつも僕のわがままに付き合ってくれるけど。 「三神さん」  気が付いたら君が僕の髪に触れていた。  あれ。いつもと逆。君に頭を撫でられてるみたいな格好。
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