プリンス・シンドローム

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 ふいに始まった。  僕は急いでバックパックから自分のニコンを取り出す。  ふんわりと君の腕が上がり、脚が上がる。  軽いジャンプ。  柔らかく足首と膝が交差して、着地する。  今日君はジョガーパンツを穿いてる。足首に向かって細くなるシルエット。  いつも動きやすそうな格好をしてるのは、いつもいきなり僕が踊ってくれって、頼むせいかな。  柔らかな動きが段々と力強くなる。君の腕がひゅっと風を切る。  僕は脳内で音楽を再生する。  月明かりがスーパーナチュラルなんだと、確かそういう歌詞だった。  月なんかない。  魔法のかかった夜じゃない。  良く晴れた午後の、眠そうなざわめき。  明るい太陽を背に君が飛ぶ。  ガラスの外壁に青空が映り込んで、まるで僕たちは宙に浮いてるみたい。  君は実際に浮いてる。  ガラスに映り込んだ君の姿も追いかける。 「柏田くん」  僕は怒鳴った。何だか必死になっちゃったんだ。  それにほら、君がイヤホンしてるの知ってたからさ。 「柏田くん。Tシャツ脱いで」  Tシャツを頭から振り落とした君は、脱皮した蝶みたいだった。  君の脚が空中で前後に開いて一直線になる。  最初の、白鳥の第一ナントカとは別の踊りになってた。  それは僕にも分かる。  大事なのは君が飛んでるってこと。  僕は知ってるよ。  君は鳥だってことを隠して生きてるんだよね。
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