5.華の名前

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 男はそれ以上は勧めず、だろうなと納得して頷いた。  そのまま月音から離れて奥の部屋に、ひょこひょこと歩いて行く。  背中を眺めつつ月音はもう一度注意深く、観察した。  そこは。何もなかった。  真っ白な壁に、フローリング。使用の痕跡が見当たらないキッチン。それだけだ。  テレビも料理器具、椅子、テーブルなど必要なものがまるで揃えられていない。新居、誰も住んでいないと言われれば納得できる。  靴を脱いで、男の後を追う。  扉を開ければ、救急箱を持って月音を待ち構えていた。 「おいで、手当をしよう」  手招きされ、狐に化かされた心地でふらふらと、彼が座る隣へと腰を下ろした。  開いたままの扉から覗くのは、新品とおぼしきシングルベッドがひとつ。ぽつねんと置かれていた。  シーツもぴしっと整えられて、何もない空間では浮いて見えて不自然に存在している。  生活臭が全くしない。本当にここが、彼の住まう家なのか。 「さて、名前は教えてくれるか」  手際よく消毒し包帯を巻く彼に、月音は警戒心は忘れず答える。  名など何の意味も持たない。  男が、施設に連れて行くような性格ではないのは、服の下に咲き誇る華から明白だ。 「陽野(はるの)月音(つきね)。一応、未成年」 「そうか。ちなみに帰る家は」 「ないです」
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