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「……っ、じっと、してもらえますか」
「はは、すまないな」
落ち着け、と月音は頭を振って、目線を外した。
男のいたずらから逃れるため、傷の深さを観察する。その酷さに現実へと戻された。
肩と二の腕に深い裂傷。横腹のは素人では手に負えない。今すぐ病院に駆け込むべきだろう。
どくりと脈打つように流れ出る血に眉を寄せた。
「かすり傷だ。自分でなんとかできる」
愉快げに喉を鳴らした。
痛みを感じていない風なのが末恐ろしく、月音は深く聞くのをやめた。
怪我の治療など経験がない月音は、たどたどしい手つきで脱脂綿と消毒液、ガーゼ、包帯を駆使して肩と腕に処置を施した。
拙い、よれて歪になる。男が自分でやったほうが、よかっただろう結果に、月音は眉を下げた。
気まずさに意味をなさない母音を吐いてから、まき直しを提案する。
だが。
「いい。このまま」
存外、砂糖を煮詰めた声だった。愛おしげな眼差しを降り注ぎ、包帯を撫でる。繊細な動きは、まるで宝物でも触れるかのように優しい。
月音は、いたたまれなさに俯くしかなかった。
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