5.華の名前

4/4
前へ
/239ページ
次へ
「……っ、じっと、してもらえますか」 「はは、すまないな」  落ち着け、と月音は頭を振って、目線を外した。  男のいたずらから逃れるため、傷の深さを観察する。その酷さに現実へと戻された。  肩と二の腕に深い裂傷。横腹のは素人では手に負えない。今すぐ病院に駆け込むべきだろう。  どくりと脈打つように流れ出る血に眉を寄せた。 「かすり傷だ。自分でなんとかできる」  愉快げに喉を鳴らした。    痛みを感じていない風なのが末恐ろしく、月音は深く聞くのをやめた。  怪我の治療など経験がない月音は、たどたどしい手つきで脱脂綿と消毒液、ガーゼ、包帯を駆使して肩と腕に処置を施した。  拙い、よれて歪になる。男が自分でやったほうが、よかっただろう結果に、月音は眉を下げた。  気まずさに意味をなさない母音を吐いてから、まき直しを提案する。  だが。 「いい。このまま」  存外、砂糖を煮詰めた声だった。愛おしげな眼差しを降り注ぎ、包帯を撫でる。繊細な動きは、まるで宝物でも触れるかのように優しい。  月音は、いたたまれなさに俯くしかなかった。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加