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慈愛に満ちた声が、一瞬で氷のように冷たく鋭くなった。
闇がずるりと這い寄る、恐ろしさに月音は身震いする。
殺意ではなく、無に等しく粛々とした制裁を下すのだと容易に想像がついた。
「一般人は巻き込まない。それが数ある決まりのひとつ。だから、きみは月花からすれば守るべき存在だ。安心してくれ、必ず助けると約束しよう」
信号機の色が切り替わるように、空気が一変した。優しくまるで常人のように、害のない雰囲気。
あまりにも機械的で、不気味さに月音の心臓は早鐘をうつ。冷や汗が額から流れた。
からからに、かわいた喉を無理矢理動かして、声を振り絞る。苦労して出せばみっともなく震えていて頼りない。
「はじめから、知ってたってことですか」
「何が?」
「私が何者かに狙われていて、あそこにいると確信して、近付いた」
そうだ。
彼はこちらの状況を知りすぎている。
助けるべきだと語るのが嘘でなくとも、あそこで出会ったのは偶然ではなく仕組まれていたのならば。
それは月音にとって恐怖の何ものでもない。
彼はしばしの沈黙の末、眉を下げて月音の頬に触れる。汗をぬぐい、愛おしそうに目を細めた。
こてん、と首を傾げる姿は可愛らしい。
「そうだとして、きみに不都合があるか?」
心底不思議そうな問いに、どうしようもなく強烈な感情が湧き上がる。
逃げるべきだと警鐘がけたたましく鳴った。
男は月音を見つめたまま、更に言葉を重ねた。逃さないよう、ゆっくり言葉の毒を刺して、体内に巡らせて動けなくさせる。
「俺はきみのことを知っている。おそらく、きみ以上に」
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