50.月の終演

4/6
前へ
/239ページ
次へ
 静かで真っ白な部屋。  ふかふかのベッドに埋もれて、意識が夢と現を行き来する。  微睡みの中で、ふわりと薔薇の香りが寝室にまで届く。  己にも染みついた匂いだったが、一日離れているだけで恋しくなる。 「ままならないものですね」  呟けば、隣で読書を嗜んでいた華が、楽しげに声を転がす。  頬杖をついて、ベッドに足を伸ばすリラックスした体勢。  服装も上着を脱いで、ボタン二つ開けたワイシャツと、ズボンといったラフな姿だ。  それでも品があるように思えるのは、形と思える整った顔のおかげか。 「生きる術を教えると言っただろう」 「――あなたなしで生きれなくなる術ではなく?」 「同じこと。俺がいれば生きれる、生きる術だ」 「そうですか」 「きみにとって、どちらでもいいだろう?」 「……そうですね」  その通りだ。  生きられたら、構わない。  ただ、彼なしでは呼吸すらままならない感情は、壊れた月には重荷である。 「ひとつ、うかがっても?」 「何だ」 「これは、誰の劇だったんでしょう」  沈黙。  彼が本から顔をあげた。  長い睫を震わせ、静かに見蕩れるように見つめ合う。  感情を悟らせない表情だったが、すぐに破顔した。  花咲く可憐な微笑みだ。 「きみは聡いな。安心しろ、劇は俺の用意したものだ」 「――そう」  劇は。  何とも含みのある物言いだ。  月音は、好奇心は猫をも殺す、と話題を終了させた。  真相など興味もない。  唯一虎沢のみ、その後が気になるが泰華がそのままにしとくとも思えない。  おそらく月音の知らぬところで、何かしらの罰を受けるだろう。 (おかあさん。おかあさんの憎いひとはもう、私だけだよ)  それでも。母が望んだ最後の願い。  最初で最後の親孝行のため、死ぬわけにはいかない。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加