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11.月にくちはない
キッチンが設置された場所に踏み入り、月音はぽかんとした。開いた口がふさがらない、と周囲を見渡せば、隣の泰華が手を離す。
「取り急ぎ調理器具とテーブル、椅子。それから日用雑貨だけ用意した。他のは追い追いで」
お茶碗を持つ姿に、月音は目を閉じる。
無意識に言葉がこぼれた。
「私、これ運び入れているとき、寝てたんですか」
「ああ、熟睡してたな。疲れてたんだろう」
さらりと答えられて、月音は自分の無防備さに嫌気がさした。運ぶ音で起きないのはまずい。
彼を信用する要素は揃っていないから、心を許すなと己自身に言い聞かせていたが。目の前で、睡眠を取るのは避けるべきだった、と目頭を軽くもむ。
「さぁ席について。ご飯を食べなければ倒れてしまう。腹が減っているときは、悪いことばかり考えてしまうからな」
椅子を引いて、促される。
にこりと人の良さそうな笑顔は、裏の道を歩くものとは到底思えない。春の太陽を彷彿とさせる、穏やかかつ優しさで満ちあふれていた。どんな心も溶かして入ってくるような。
警戒心などいとも簡単にほぐして消してしまう。
「月花さんが、作ったんですか」
「泰華と呼んでくれ。その姓は、いささか悪目立ちするからな」
「……では、泰華さん。あなたが、この食事を?」
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