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ふんわりと漂う香りは胃を刺激して、きゅうと切なげに鳴く。
テーブルには、香ばしく焼いた脂ののった鮭。湯気をほわほわと、立ち上らせる味噌汁。黄色いたくわん。ふっくらとした玉子焼き。白く輝くごはん。
完璧な食事が、並んでいた。
「はは、料理が趣味なんだ。口に合うといいが」
献身的な態度に、絆されそうになる。
ぐっと唇を噛みしめて耐えれば、彼は月音の失礼な疑惑すら見透かした。
「毒は入っていない。不安だったら、俺のと取り替えてよう」
特に気にせず言ってのけた泰華に、はっと息を呑む。
用意してもらった立場、ご厚意に甘えて返せるものひとつない身だ。疑うのは失礼にもほどがある。たとえ相手が月花で、怪しい人物であろうと。相応の誠意を見せるべきだ。
芽生えた罪悪感に苛まれ、ぐっと眉根を寄せる。それから深く頭を下げて謝罪した。
「ごめんなさい。せっかく作ってもらったのに、変な難癖をつけて」
「昨日の今日で、俺のような男に心許すほうが異常だ。それぐらいでいい」
「ですが、服まで、お金とか返すのは、今は無理でも必ず」
「俺がしたいことを、しているだけだ。金だっていらない」
「ご、めんなさい」
「こういうとき、なんて言うか知っているか?」
ふいに、泰華の声音が変化する。
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