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諭すかのような、まっすぐで揺るがない瞳。月音は一瞬固まってから、ゆっくりと首を横に振った。
再び謝罪を口にしようとして、
「簡単だ。たった一言『ありがとう』でいいんだ」
底の読めない笑顔ではない。あるのは、清らかな誠意と優しさだと、感じ取れた。
わかるか、と首を傾げて月音の手を握った。温かさが、じんわり広がり、身体中に行き渡る気がした。強ばった心がほぐされていく。
肩の力が抜けて、自然と言葉はあふれた。
「――ありがとう、ございます」
「こちらこそ、俺と一緒にいてくれてありがとう」
俺はきみのそばにいれるだけで、幸せになれる。だからありがとう。
繰り返した言葉を噛みしめるように、大切に紡いだ泰華の瞳が揺らいだ。それは瞬きの間で、見間違いのようにも思える。それほどに、小さな感情の変化だった。
泣き出しそうな、迷子の子供のような。
月音は、よく見てみたくなったが、すぐになりをひそめてしまった。余裕のある、決して心中を悟らせない完璧な笑みで隠された。
「ほら、ご飯が冷めてしまう」
「……はい」
そっと席につく。なれない動作に戸惑いつつも、泰華にならって手を合わせる。
向かいの席で彼は、では、と合図をした。
「いただきます」
声を重ねた。
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