11.月にくちはない

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 月音は、彼を盗み見た。  背筋を伸ばし、姿勢よく手を動かしている。綺麗な所作から、にじみ出る育ちの良さが彼の美しさを際立たせていた。  月音も新品だろう箸をそっと手に取り……止まる。  よみがえるのは施設の記憶だ。遠い、色褪せた過去。  月音がいた施設は治安の悪い羽無町では、比較的まともで、子供の数も多かった。幼い頃から、物静かで不気味だと評された月音が、紛れるほど賑やかで、良い意味で羽無町らしくない場所であった。  用意された食事や、おやつに喜ぶ子供たちの顔が浮かんでは消える。  今日のごはんは好き、嫌いと騒ぐ中で、月音だけは無表情で食べていた。何かの記念日やイベントだと、ご馳走が出てきたが、それでも変わらない。  味が、分からないわけではない。  甘い、辛い、酸っぱいなど舌が拾い上げる。だが、それに対して美味しい、不味いという感想を抱かないのだ。腹が減り、胃袋に収める。食欲という欲求を抑える行動でしかない。  これを、食べたら。わたしはなんて、言えば、いいの。  なにを、言えるの。 「月音、食べないのか」  不思議そうな声に、思い出から浮上する。    月音は。  言い訳も、喉に詰まる正体不明の何かも、胸の奥を突き刺す痛みも、咄嗟に吐き出せなかった。  
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