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12.抱えるは月の思い出
目の前の彼が、箸を置いて月音を見つめていた。静かな瞳は、穏やかな水面を彷彿とさせて眺めていると、ざわめいた心が凪いでいく。
息をついて、月音は正直に話そうと口を開く。嘘を述べて食べるよりは誠実なはずだ。
「ごめんなさい。私、あまり美味しいとか、わからなくて。だから、食べても、その……貴方が喜ぶような返答は……」
あるいは、と以前、唯一美味しいと思えた玉子焼きをつまんでみた。
だが結果は無情だった。やはり舌にのせて咀嚼しても、変わらず。感想すら伝えられない。
彼は逡巡のち、首を傾げる。
「玉子焼きが嫌いとかではなく?」
「いえ、むしろ、玉子焼きだけは一度だけ美味しいと思ったのですが。……それも気のせいだったのかもしれません」
「それは、どんな味付けだった? もし覚えていたなら近いものを作るが」
そこまでしなくても、と首を振ったが、諦めるつもりは毛頭ないらしく黙って待っている。
月音は根気強さに負けて、記憶を掘り起こす。視線を頼りなく彷徨わせて、ふわりと浮かび上がった情景に、言葉が詰まった。吐息で消えしまいそうな、頼りなく儚いそれを、丁寧になぞるように目を細めた。
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