12.抱えるは月の思い出

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 忘れていない。ずっとそばにある、数少ない母親との思い出。  施設でお世話になる月音に会いに来ると、毎回気分を悪くし、倒れてしまう母親だった。酷いときは嘔吐と過呼吸で、運ばれる。会話もろくにできやしない。  そんな母親が一度だけ、やつれた姿で手料理を持ってきた。青ざめて、今にも気を失いそうに震えながら。  月音を直視できないと、顔を背けてでも手渡した。  それは。玉子焼きと呼ぶにも躊躇われるほど、黒く焦げた何かであった。スクランブルエッグ、に近い気もする。味は苦くて、食感はじゃりじゃりで、かたい。  それでも月音は『美味しい』と呟いていた。  心の底から、そう思ったのだ。  母は目がこぼれそうなど見開いて。じわりと涙を浮かべると、頼りなさげに、しかし、とても幸せそうに笑った。  花が綻ぶような母の笑顔を、月音は、そのとき初めて見た。 「――は、母、が」  静かな室内に転がる声は、存外震えており感情が露わになっていた。それ以上は、喉につまる。一向に出でこない、諦めて顔を俯かせた。
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