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長い髪が肩からこぼれ、乱雑に払った。華奢な体格でポニーテール。後ろから見れば身長の高い女性に見間違われる。
それを狙っているとはいえ、髪の手入れは鬱陶しくてかなわない。舌打ちをこぼせば、電話の向こうで悲鳴が聞こえた。
「機嫌悪いのかよ」
「ああ、彼女と離れているからな」
「朝食一緒に食べたんだろ」
「もう五時間も会えてない。それに怖がっている」
「そりゃ、知らねぇ男の家に一人残されたら怖いだろ」
「風呂に入る余裕はあるみたいだが……ふむ、彼女の住んでいた環境からして無音は良くないみたいだ。帰りに何か買っていくか」
「ご執心だことで」
「そうだな」
物憂げに息をついて、目を閉じる。瞼の裏には鮮明に光景がよみがえった。忘れたくない――随分と前の、夜。
月夜の晩。肌を焼かず、密やかな幕を下ろす時刻。
彼女は、ふわりと降り立った。
シャツから伸びた細く白い腕が、闇夜に浮かぶ。
足がはねるように、しなやかに動いて身を躍らせる。静謐に、彼女は赤い血の花を身体に咲かせて、熟した林檎のような唇には弧を描いていた。
毒々しくも男を魅了して誘惑するそれは、当時の泰華を容易く惹き付けて、芳香が冷静さを焼いた。
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