15.月は逃げる選択をとらない

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15.月は逃げる選択をとらない

 黒いカーテンの隙間から夕暮れの、淡いオレンジ色がこぼれ落ちて部屋を包んでいる。  物音一つしない空間には、月音の睡眠を邪魔するものはない。  よほど疲れていたのか、あれから夕方まで一度も目を覚まさなかったらしい。  しかし、平均睡眠時間を超過している。  さすがの月音も寝過ぎは疲れるらしく、自然と意識が現実へと浮上した。寝起きの頭でぼんやりとする。  やがて上半身を起こして欠伸をこぼす。のびをしてから時計を探した。しかしそれらしきものはない。  この部屋にはベッドのみ。  サイドテーブルもランプも、存在しない。必要ではないが、生活感の欠ける部屋だ。  広々とした空間に、ぽつんとベッドが設置されているのは、些か違和感がある。  まるで監禁部屋のようだ。  またひとつ、あくびを静寂に落とせば遮るように物音がした。  びくりと身をすくませれば、玄関のほうから「ただいま」と澄み切った美しい声がかけれた。  今朝も聞いた、泰華が帰ってきたと月音はいそいそとベッドから降りて寝室を出る。
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