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2.死を纏う美しい華
「あのガキ、どこ行きやがった!」
「探せ! いっそ足でも切り落としてでも」
男たちの物騒な叫びが、夜の住宅街に響く。
幾ら羽無町の治安が底辺で、まともな人間が少なくとも騒ぎになりそうだ。
とはいえ、いつものことだ。警察に通報する者がいるかどうかは、微妙である。
「う、っぐ」
ざぁざぁ、と雨が打つ音がする。
ぐっしょり濡れて重くなった服に、打撲や裂傷による痛みにより、立ち上がるのすら億劫だ。
ずるりと塀にもたれ掛かり、呼吸を整える。
すん、と鼻を鳴らせば雨の匂いに混じって、鉄臭さが突き刺さった。口の中が苦く、気持ちが悪い。
げほりと咳き込めば、ぽたりと赤がこぼれて雨とまじり、地面へと吸い込まれる。
未だ止む気配のない空。
体温を徐々に奪い、生命活動も妨げる。夏とはいえ、夜は冷え込む。吐き気すらこみ上げて、頭が割れるように痛い。
だめだ、動けない。
声をかみ殺し、唇を噛みしめる。寝てはならぬ、と訴えるのに体はいうこと聞かず。急速に意識が落ちて、暗闇に包まれようとして。
「――いい夜だな、お互いに」
夜の静けさを破いた声に、月音は反射で飛びすさった。ずきん、と杭を打たれる激痛が突き刺さり、咄嗟に膝をつく。
片手にナイフを構えて、声の発生源を睥睨した。
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