15.月は逃げる選択をとらない

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 泰華は誘導するかのように名前を呼び、親指の腹で唇をなぞる。  ぞくりと粟立つ感覚に負けて、カラカラの喉を無理矢せ理動かした。 「お、おかえりなさ、い」  かすれた、蚊の鳴くような声だったが泰華は満足したらしい。幸福そうに、全てを虜にする極上の笑顔を月音へと向ける。  とてつもない破壊力に息すら、ままならない。  人の美醜にさほど興味がない月音ではあるが、人範囲を超えた美しさには恐ろしさを覚えた。  すっと離れると、泰華はいそいそとテーブルに置かれた白い箱と大きめの茶封筒に近づく。  一つ目、薄っぺらい封筒から出てきたのは、CDであった。  ピアノやヴァイオリンがセピア調の写真に収められて、ジャケットとして飾られている。おそらく曲はクラシックだろう。  残念ながら音楽に疎い月音では、誰の作曲かすら分かるはずもないが。 「音がないのも寂しいかと思ってな。見繕った。リクエストがあれば、すぐに手配するが」 「いえ。特には」  施設でもよく知らない曲が流れていたり、先生と呼ばれる人間がピアノを披露していた。  曲調を覚えているかといえば、怪しい。興味があまりにも、ない。
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