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泰華は誘導するかのように名前を呼び、親指の腹で唇をなぞる。
ぞくりと粟立つ感覚に負けて、カラカラの喉を無理矢せ理動かした。
「お、おかえりなさ、い」
かすれた、蚊の鳴くような声だったが泰華は満足したらしい。幸福そうに、全てを虜にする極上の笑顔を月音へと向ける。
とてつもない破壊力に息すら、ままならない。
人の美醜にさほど興味がない月音ではあるが、人範囲を超えた美しさには恐ろしさを覚えた。
すっと離れると、泰華はいそいそとテーブルに置かれた白い箱と大きめの茶封筒に近づく。
一つ目、薄っぺらい封筒から出てきたのは、CDであった。
ピアノやヴァイオリンがセピア調の写真に収められて、ジャケットとして飾られている。おそらく曲はクラシックだろう。
残念ながら音楽に疎い月音では、誰の作曲かすら分かるはずもないが。
「音がないのも寂しいかと思ってな。見繕った。リクエストがあれば、すぐに手配するが」
「いえ。特には」
施設でもよく知らない曲が流れていたり、先生と呼ばれる人間がピアノを披露していた。
曲調を覚えているかといえば、怪しい。興味があまりにも、ない。
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