88人が本棚に入れています
本棚に追加
別に笑われても気にしないのだが。じっと泰華を見つめれば、ふいっと顔を逸らされる。
「……わたしは、貴方にお世話になっている身です。気を使わなくても」
「好いた女に媚を売りたい俺のためだ。きみは何も気にせず食べてくれ」
さも当然のように言ってのけて、器用にケーキを切り分けた。
今日買ったばかりなのか、真新しい包丁を扱いつつ小皿へとうつす。
ことん、と月音の前に置かれたケーキには熟したイチゴと薔薇があしらわれている。断層にもふんだんにフルーツを使われており生クリームから見え隠れしていた。
「それ、言ったら台なしなのでは」
「魔化しは通用しないみたいだからなぁ、潔い方がいい」
笑みを象る唇に、そっと指を添える。品の良い仕草が彼の美しさを際立たせていた。
目が覚める青で蝶と花々が描かれたティーポットに沸騰したお湯を注ぐ姿ですら様になる。
ふわりと紅茶の香りが部屋を漂った。
先程の、不穏で嫌な臭いは、最初からなかったようにかき消えた。
月音の心の中からも霧のごとく薄くなっていく。彼の不信感を強引に消されていく。
それが、酷く恐ろしいのに、その恐怖すら掴めなくなっていった。
最初のコメントを投稿しよう!