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16.怯えぬ月
準備を着々と進める手際の良さを一瞥して、逃れるように窓へと目を向けた。自分のワンピースが夕焼けに染められて、裾が花弁のように柔らかく揺れた。
「私はあなたにお世話になりっぱなしですね」
「そうか? 俺もきみには助けられているからお互い様だな」
彼の力になった記憶はない。彼の気遣いだろうと結論付けて、背を向けた。肌触りがよいワンピースを頼りなく掴み、内に巡る負い目を抑え込む。せめてお礼の言葉だけでも伝えるべきだ。
「服を用意してもらったうえに、着替えや汚れまで拭いて、それから、ええっと、ご飯もいただいて……ありがとうございます」
伝えねばならないことは多く、順序立てるのがおかしくなる。拙い言葉に恥じれば、重たく冷たい沈黙が落ちた。
ぞくりと寒気がする。
一瞬にして彼の纏う空気が一変したのを、肌で感じ取った。
どくんと心臓が大きく跳ねて、動揺する暇を与えず、彼がぽつりと呟いた。
「……って……なのか」
聞き取れず顔を向けた、その瞬間。
「――っ!」
ぐるんと視界が回り浮遊感が襲う。思考が追いつかず衝撃に備えて咄嗟に目を瞑った。
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