16.怯えぬ月

2/4
前へ
/239ページ
次へ
 が、しかし。思ったような痛みはこなく、代わりにふわりと抱きとめられる。柔らかなカーペットの上に転がり、張り詰めた空気に息を止めて、そろそろと目を開けた。  間近に彼の整った顔があり、深淵の瞳が、月音を呑み込まんと捉えていた。彼の後ろに天井が見えたが、すぐさま彼で視界がいっぱいになる。  夕焼けすら遮るように垂れた黒髪が周りを覆い、泰華以外全てを遮断された。優雅とは程遠い、あの夜に垣間見た獰猛な獣のごとく、獲物を狩る鋭利で凄絶な嘲笑を描いていた。  呼吸すら制限させる圧迫感、身動ぎ一つすれば喉を噛み切られそうだった。 「俺がきみの服を脱がし、身体を拭いて服を着替えさせたのを知って。それでも、そこまで無防備なのはいただけないな」  床に縫い留められた腕はびくともしない。手首を掴む指が食い込み、ぎしりと骨がきしむ。 「男は単純だ。目の前に差し出されれば容易く食らいつく。それが好きな女ならばなおさらだ。据え膳食わぬは男の恥、というだろう」 「……な、に」 「こうなるとは思わないのか? きみの裸体を見て、劣情を抱いて乱暴を働く……殺されるよりあり得る話だ」
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

88人が本棚に入れています
本棚に追加