16.怯えぬ月

4/4
前へ
/239ページ
次へ
 考えは正しい。彼にある怒りと、僅かににじみでる心配が何よりの証拠だ。劣情からくる行動には似合わぬ思い。  睨み合い、数秒。  根負けした泰華が上半身を起こす。月音の上から退いて、傍に腰をおろすと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼は、胡座をかいて頬杖をつく。  昨日知り合ったばかりだが、今での優雅なイメージとは、かけ離れた体勢に物珍しいを覚える。 「きみは、案外ずるいというか、性格が悪いな」 「えぇ……」 「お灸を据えてやろうと思ったんだがな。うまく逃げたな」 「怒らせてごめんなさい」 「何故怒っているかもわからないのに、謝らないほうがいい。軽く聞こえる」 「私が無防備だったのに苛ついた、ですよね」 「……正確にはきみが俺を――」  そこまで言って噤む。じとりと睨んでから、もう一度ため息をついて、月音の頭を乱暴に撫でた。  髪を乱され、驚きに小さく悲鳴を上げれば楽しげな笑い声がする。 「それは追い追い。無視できないほど、思い知らせればいいか」  不穏さに目を瞠れば、彼は立ち上がる。  そこには肉食獣のような威圧はかき消えていた。やはり芝居がかった所作で手を差し伸べる。ワルツを誘っているかと錯覚するほど優雅に、美しく紳士的だ。 「さぁ怯えさせたお詫びに、とびっきり美味しいお茶を入れよう」  お手をどうぞ、と小首をかしげる愛らしさに月音は頷いて、迷うことなく手を重ねた。  怯えていない。  そう伝わるように不器用に微笑んでみせた。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

88人が本棚に入れています
本棚に追加