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考えは正しい。彼にある怒りと、僅かににじみでる心配が何よりの証拠だ。劣情からくる行動には似合わぬ思い。
睨み合い、数秒。
根負けした泰華が上半身を起こす。月音の上から退いて、傍に腰をおろすと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼は、胡座をかいて頬杖をつく。
昨日知り合ったばかりだが、今での優雅なイメージとは、かけ離れた体勢に物珍しいを覚える。
「きみは、案外ずるいというか、性格が悪いな」
「えぇ……」
「お灸を据えてやろうと思ったんだがな。うまく逃げたな」
「怒らせてごめんなさい」
「何故怒っているかもわからないのに、謝らないほうがいい。軽く聞こえる」
「私が無防備だったのに苛ついた、ですよね」
「……正確にはきみが俺を――」
そこまで言って噤む。じとりと睨んでから、もう一度ため息をついて、月音の頭を乱暴に撫でた。
髪を乱され、驚きに小さく悲鳴を上げれば楽しげな笑い声がする。
「それは追い追い。無視できないほど、思い知らせればいいか」
不穏さに目を瞠れば、彼は立ち上がる。
そこには肉食獣のような威圧はかき消えていた。やはり芝居がかった所作で手を差し伸べる。ワルツを誘っているかと錯覚するほど優雅に、美しく紳士的だ。
「さぁ怯えさせたお詫びに、とびっきり美味しいお茶を入れよう」
お手をどうぞ、と小首をかしげる愛らしさに月音は頷いて、迷うことなく手を重ねた。
怯えていない。
そう伝わるように不器用に微笑んでみせた。
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