17.それはまるで甘露のような

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 あとはその日に起きた問題とは無関係な、今日は黒猫が横切ったとか道ばたに咲いていた紫の花が綺麗だったとか。  そんな小さな話を、ひとつひとつ、宝物を見せて貰うような気持ちで聞いていた。 「月音は、今日は何をしていた?」 「本を読んでました。女の子が現実から逃げるため、海に飛び込んで人魚に出会うお話」  いつしか幸福を交換するように、月音も真っ白な部屋で起きた内容を差し出した。    なんだかくすぐったい行為だが不思議と嫌ではない。  彼も退屈しないようにと、本やテレビなどの娯楽をたくさん運んできた。宝箱が満たされていくのを月音は、静かに見つめていた。  二人分の服、食器、食べ物。自分以外の生息する痕跡が、月音のひび割れしていた一部の心を癒やした。  二人で丹念に、大切に編んでいく日々。  朝と夜の食事は必ず二人で食べる。寝るときは「おやすみ」朝は「おはよう」出かける際は「行ってらっしゃい」と「行ってきます」を言う。二人の些細な取り決めを繰り返す、そんな平和は甘露のように、子守唄のような余韻を残して。  月音は、それを。それ、を――。
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