18.色彩

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 終わりが忍び寄っていた、ひたりひたりと冷たい足音をたてて背後に歩み寄っている。  彼との生活で生まれてきた感情を拒絶して、分厚い壁の向こうに押しやって固く閉ざした。終わりではなく、始まってすらいないのだと自分に言い含める。 「――」  何事か呟こうとした口は空気を吐き出すだけに止まり、目を閉じて。気持ち悪さが過ぎ去るのをじっと待った。 「月音」  何かが崩れると、思った。  ――だが、彼が帰ってきた夜。  差し出されたものによって、頭が白く塗りつぶされた。  理解できない自分の感情やらが一気に置いていかれるほどの強烈なそれは。 「は、花束ですか?」  深紅の薔薇だった。  数え切れないほどに大きな花束は圧巻であり、言葉が出てこない。何本あるのか、数える気も起きないほどである。  黒いスーツで、恭しく差し出す様はまるで劇の一シーンだ。  泰華が持ってきた恋愛小説で、男性がプロポーズして女性が涙を流していたのを思い出す。  瑞々しく、くらりとする甘い香りが鼻腔をかすめる。  いきいきとした花々は生気を放ち、月音を魅了した。  鬱屈した心が晴れ渡るかのような強烈な色彩は、視界を占領する。
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