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「人生には、彩りが必要なんだ」
花束に目を落とし、指で柔らかな花弁をなぞる。
重たいからと月音には渡さず、いつの間にか購入していたらしい花瓶を戸棚から取り出した。
月音に背を向けて、生ける準備を始める。
彼の長い絹糸のような髪が揺れて、赤薔薇とのコントラストが映えた。白い指が丁寧に棘を確認する。
「贅沢ではないですか」
月音は可愛げのない言葉を吐いた。
彼の隣にいく勇気が出なく、鮮烈な赤を眺め続ける。
匂いが部屋にあふれて、月音を包んだ。
「人間はな。色のない世界では生きていけない」
「色?」
「そう、例えば嗜好品。本やケーキなどを味わうことや、人と愛を交わすのが色だ」
ぱちん、と切って花瓶へと一本差した。
枯れないように工夫したのか薬を入れている。
穏やかで、諭す声に聞き覚えがあった。
忘れず、心に残り月音を動かす言葉。
母の卵焼きについて話をしたときと同じだ。
心地よく、ずっと聞いていたくなる。
とくとく、己の鼓動と彼の声を重ねた。
ゆったりとした時間が、優しく流れていく。
「何もかも捨てて、感情を消してしまえば、生きながら死んでしまう」
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