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大切なものを織り込むように彼は語りかける。
月音の欠けた部分を修復して、補っていく。優しさで埋めていった。
月音はそれらを味わうように一度目を閉じる。
心の中で復唱し、指の先まで浸透させた。
「生きていくために必要なんですか?」
「そうだ。人生に必要ないと切り捨てたのが、本当は大切なものだった、ということも多い」
薔薇がふわりと揺れた。
彼が振り向いて、月音を見つめる。
どこか見覚えがある色だった。見守るような、慈しみにあふれた瞳を、昔どこかで。
泰華が手招きすれば、月音は糸をたぐり寄せられたかのようにふらりと近づき、横に並んだ。
薔薇を差し出され、そっと壊さないように握る。
こわごわと、ハサミを受け取った。
「だから、せめて後悔が少ないで済むように、できる限り味わって判断するんだ。捨てるか、持って行くか」
「……卵焼きみたいに?」
思い出すと胸が締め付けられるような、痛みがある。
それでも手放せないのを疎ましく思っていた。
だが、泰華はそれを受け入れろと言う。
「そう、思い出も。今までと、これからのきみを作る大切な色だ」
寂しいという気持ちも、本当にいらないか。どうなのか。
月音は自然と頷いていた。
心に立てたばかりの壁を、そっと取り除く。
そこにある、形すらあやふやな思い。
拒絶する頑固な自分を押しとどめて、まだ不鮮明なそれを、理解しようと向き直る。
ぱちん。
自分の手で茎を切った薔薇を、泰華が生けていた花瓶へと差し込む。
花弁が手の甲を撫でる。
彼の花と混ざり、芳香がよりいっそう強まった気がした。
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