18.色彩

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 大切なものを織り込むように彼は語りかける。  月音の欠けた部分を修復して、補っていく。優しさで埋めていった。  月音はそれらを味わうように一度目を閉じる。  心の中で復唱し、指の先まで浸透させた。 「生きていくために必要なんですか?」 「そうだ。人生に必要ないと切り捨てたのが、本当は大切なものだった、ということも多い」  薔薇がふわりと揺れた。  彼が振り向いて、月音を見つめる。  どこか見覚えがある色だった。見守るような、慈しみにあふれた瞳を、昔どこかで。  泰華が手招きすれば、月音は糸をたぐり寄せられたかのようにふらりと近づき、横に並んだ。  薔薇を差し出され、そっと壊さないように握る。  こわごわと、ハサミを受け取った。 「だから、せめて後悔が少ないで済むように、できる限り味わって判断するんだ。捨てるか、持って行くか」 「……卵焼きみたいに?」  思い出すと胸が締め付けられるような、痛みがある。  それでも手放せないのを疎ましく思っていた。  だが、泰華はそれを受け入れろと言う。 「そう、思い出も。今までと、これからのきみを作る大切な色だ」  寂しいという気持ちも、本当にいらないか。どうなのか。    月音は自然と頷いていた。  心に立てたばかりの壁を、そっと取り除く。  そこにある、形すらあやふやな思い。  拒絶する頑固な自分を押しとどめて、まだ不鮮明なそれを、理解しようと向き直る。  ぱちん。  自分の手で茎を切った薔薇を、泰華が生けていた花瓶へと差し込む。  花弁が手の甲を撫でる。  彼の花と混ざり、芳香がよりいっそう強まった気がした。
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