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電気をつけにいく気力もなく、ソファで包まっていれば「ただいま」と泰華の声が玄関から聞こえた。
するりと滑り込んできた彼は、異様な雰囲気の月音に気遣わしげに傍まで来る。
膝をついて目線をあわせる泰華の優しさに触れて、うまく言葉が出てこなかった。
口を何度かぱくぱくと開閉したが、はくりと酸素を食べだけ。
「――何が、あった」
声音が低くなる。
一瞬にして彼から発せられた空気が一変し部屋を飲み込む。急速に温度が下がり、瞳がガラス玉のように色を失った。
見るものを凍えさせ、射殺す冷徹さに月音は思わず息を呑み、身体をこわばらせた。
彼に宿るのは怒りではない。
どこまでも冷静で冷たい、状況を判断する。
機械的でどこか、おぞましい。
「ゆっくりでいい。話、できるな」
問いかけではない。
話せと強制する声音に、ぎこちなく頷いた。
すると彼は、ほんの少し眉を下げて「怖がるな、きみには何もしない」と背中を撫ぜる。
温かい手が宥めるように動き、続きを促した。
月音は凍り付いた喉をどうにか動かして、朝の出来事を伝えた。
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