19.月の小さな宝箱

7/7
前へ
/239ページ
次へ
 耐えきれないほどでもない、どうにか意識を集中させて携帯電話の使用方法を覚える。連絡帳には泰華の名と、もう一つ。いやに目立つ名前に目を見開いた。 「凪之誠司さん?」 「あぁ、もし俺が出られなかったら、こいつを頼ってくれ。少々落ち着きがなく、及び腰だがやるときはやる男だ」  とはいえ。  一度、それも自己紹介したのみ。  知り合いにも満たない間柄の男性に電話する気は起きない。特に凪之の関係者、極力関わり合いを避けたいのが本音だ。 「……今更か」  月音は乾いた声で呟く。  月花の頭領である泰華に匿われた身、手遅れだろう。  しばしの沈黙の末に複雑な心境は飲み込んで、頷いた。 「なら練習で、かけてみるか」 「……えっ、いや練習なら」  泰華さんの携帯電話に。  慌てる月音の声など聞こえていないかのように、彼は一度見せた操作手順を、もう一度説明しながら指を滑らす。  まずい、と止めたかったが、既に凪之誠司をタップしていた。  軽快な呼び出し音は、さぁと青ざめた月音の心境とは破滅的に異なる。  全身の毛が逆立ち、逃げたい衝動にかられた。  ぷつ、と音が途切れて。 「――なんだ、どうかしたのか」 硬質で、威圧感がある。思い出よりずっと刺々しい声音が、機械を通して届いてしまった。  
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

88人が本棚に入れています
本棚に追加