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耐えきれないほどでもない、どうにか意識を集中させて携帯電話の使用方法を覚える。連絡帳には泰華の名と、もう一つ。いやに目立つ名前に目を見開いた。
「凪之誠司さん?」
「あぁ、もし俺が出られなかったら、こいつを頼ってくれ。少々落ち着きがなく、及び腰だがやるときはやる男だ」
とはいえ。
一度、それも自己紹介したのみ。
知り合いにも満たない間柄の男性に電話する気は起きない。特に凪之の関係者、極力関わり合いを避けたいのが本音だ。
「……今更か」
月音は乾いた声で呟く。
月花の頭領である泰華に匿われた身、手遅れだろう。
しばしの沈黙の末に複雑な心境は飲み込んで、頷いた。
「なら練習で、かけてみるか」
「……えっ、いや練習なら」
泰華さんの携帯電話に。
慌てる月音の声など聞こえていないかのように、彼は一度見せた操作手順を、もう一度説明しながら指を滑らす。
まずい、と止めたかったが、既に凪之誠司をタップしていた。
軽快な呼び出し音は、さぁと青ざめた月音の心境とは破滅的に異なる。
全身の毛が逆立ち、逃げたい衝動にかられた。
ぷつ、と音が途切れて。
「――なんだ、どうかしたのか」
硬質で、威圧感がある。思い出よりずっと刺々しい声音が、機械を通して届いてしまった。
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