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21.月の恩返し
「何か問題が起きれば必ず連絡してくれ」
「わかりました」
「変な奴を見かけた以外にも、不安とか……あと怪我したとか、読みたい本や何か食べたいものとか。教えてくれれば買ってくる」
「特にないので大丈夫だと思いますが、欲しくなったら伝えます」
「もし誠司からつまらない電話、メールが届いたら無視した上で俺に報告してくれ」
「多分そんなの来ないです。あれば言います」
「あとゲームとか」
「とりあえず連絡は必ず入れるので早く向かったほうがいいですよ」
延々と続きそうな会話。
かれこれ三十分は玄関で向き合っている。
月音の両手を握りつつ、泰華は悲壮感を漂わせていた。本日五回目の重たいため息をつくので、月音は申し訳なく思いつつも心を鬼にして遮る。
彼は世界の終わりだと顔を歪めた。
「行かないでって言ってくれ」
「ええ……」
面倒くさい彼女のような発言だ。
そもそも引き留めたところで彼は仕事へと赴くだろう。
ぱりっと着こなした黒のスーツに、いつも通りの華やかな香りを漂わせている。身支度は完璧、後は出かけるのみだ。ぴかぴかに磨かれた革靴が動くのを今か今かと待ち構えている。
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