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「可愛い彼女に離れたくないって駄々をこねられたい」
「彼女じゃないんですけどね」
「そしたら仕事捨てて一緒にベッドで寝るのに」
「仕事はした方がいいんじゃないですか」
彼の背中を押して、外へと送り出す。彼の絶望しきった顔に罪悪感が植え付けられてよろしくない。
ぱたんと閉じたドアに、月音は背を向けてリビングに戻る。当然、誰もいない。
「確かに、ここは、一人だと広すぎるけど」
ぽつりと呟いた声は、一人きりになった部屋に存外大きく響いた。寂しげで、誰もいないというのに少々気まずくなる。
改めて周囲を見渡す。
じっとしていられず、日陰に置いた薔薇へと近づいて水を確認した。変わらない美しさと芳香が月音を慰めるが、気は晴れない。
今まで普通に過ごしていたのに、酷く落ち着かない。
しんと静まった真空のような朝、押しつぶされそうな重量が心にのし掛かり、息が詰まった。努めて深呼吸したが、吸った酸素が喉の寸前で止まって体内には取り込めていないような、気持ち悪さ。
何かしなければ。何か、何か。
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