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忙しいのに食事を作るのだけは欠かさない。彼は決まって「俺が月音に食べて欲しいから」と笑う。負担になるどころか、これは楽しみだから取らないでくれと訴えた。
彼は月音に色を与えてくれる。
灰色で、全てがくすんでいた世界を照らしてくれる。
ただ甘受する月音は、貰うたびに小さな違和感を覚えていたのだが。今何となくだが、理由がわかった気がした。
何も返せていないから、負い目を感じるのだ。
「……返せるものなんて」
自分にはない。
ぎゅうと強く拳を握り、弱気な自分を振り払って必死に頭の中で探る。されて嬉しかったことをひとつひとつなぞって、自分にも出来ないかと思案する。
ふとよぎったのは、母との記憶。唯一美味しいと思った玉子焼き。母が初めて笑ってくれた、見てくれた。
思い出すたびに、胸を締め付けられて捨ててしまおうと目を逸らした。それを泰華が引き留めてくれた、過去。
あのとき自分の心にわき上がる感情が何かなど、わかろうともしなかった。けれど泰華と過ごす日々で同じような感覚は幾度も訪れた。
玉子焼きや、薔薇の花束をもらって泰華と話した日。
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