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22.恩返しにはほど遠く
――人生とはうまくいかないものである。
そんなことはとうの昔に身に沁みていたはずなのに、月音は手で顔を覆った。現実から逃げたい一心で、目を閉じていたが結果が消えるわけもない。
部屋に充満する焦げ臭さは薔薇の芳香をかき消した。
そっと指の隙間から覗けば、できあがった未知の物体が真っ白な皿の上に鎮座している。
何を作ろうとしたのか、全く察せない出来映えである。
「これ、食べれるの……?」
誰に問いかけるわけでもない。返事は当然ない。
泰華が出かけていて本当に良かった。
自分でも忘れそうになるが、玉子焼きを作ろうとした。
だが実際に出来上がったのは、料理と表現するのも烏滸がましい、いっそ毒かゴミと言われたほうが信じられる黒い塊である。
箸で突けば炭のようにかたい。
恐らく鉛筆の代わりに役立つかもしれない。
フライパンから引き上げたとき、とてつもない重量を感じたので鈍器にちょうどいいかも。
とりあえず食べ物ではない、決して。
歯でかみ砕けるか甚だ疑問である。
手順は泰華のを見て覚えていた。
それこそ調味料の分量まで、ある程度は把握していた。
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