23.甘く、とけるように

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 時刻は七時。  いつもより二時間も早い帰宅。いわく手料理が楽しみで強引に終わらせたらしい。部下もこんなゲテモノのためだと知れば卒倒するだろう。  彼はいつも以上に楽しげに手を洗う。  その間に写真が卵焼きだと気がついたのか問いかけた。 「きみにとって、卵焼きは思い出の味だろう?」  だから、作るならばそれだと思っただけだ。  スーツを脱いで、ネクタイをほどく。  カフスボタンを外して、椅子に座る。  着崩した姿ですら絵になる彼は、笑顔のまま手を合わせた。  疑問を、さも当然のように答えたのち躊躇なく箸で炭をつまむ。重くないのか軽々と持ち上げるのに目を見張った。  泰華は無駄なく、美しい所作でそれを食む。  まるで高級レストランで、とろけるような美味を相手するかのようにじっくりと味わっていた。  彼の纏う透き通った空気のおかげで炭が――いや、どうあがいても炭は炭だな。 「うん、おいしい」 「いや……嘘はつかなくてもいいいですよ」  じゃりじゃりと音がする。  塩やら砂糖など入っているが、苦い以外の味はないだろう。お世辞もわかりや過ぎると嫌みになる。  彼が倒れないか、ハラハラと見守っていると彼は苦笑する。困ったような、子供を慈しむような瞳に居心地が悪くなった。 「嘘じゃないさ。きみは俺のために作ってくれたんだろう」
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