88人が本棚に入れています
本棚に追加
――たまには私が作ろうと思ったんです。いつも任せっきりでしたから。
そう伝えた内容に間違いはない。
善意を押しつける形になってしまった罪悪感に、ぎこちなく頷く。
泰華は、からりと夏の太陽のように眩しく、すがすがしいほどきらめく笑顔をむけた。普段の艶やかさとは違う、裏のない美しさに、一瞬だけ目を奪われた。
あの人は本当に幸せそうに、心からの笑顔を浮かべていた。
過去の景色と、今ある彼がいる部屋が色づいていく。
「なら、この世界のどんなものよりご馳走だ」
「す、炭でも、そんなこと」
「関係ないさ。俺にとって大事なのは君が作った、という事実だけだ」
「う、でも」
「どうしても気になるなら、今度は一緒にすればいい」
「ご迷惑では」
「俺はきみといられる上に手料理がもらえるんだ。いいことしかない」
ぽん、と頭をなでる手の大きさ、暖かさが伝わる。
するりと黒髪を細い指に絡ませて弄ぶ。ふわりと花の香りが、かすかに鼻腔をくすぐった。
おいしくないからしら。
ふとよみがった声にはっとする。
幻聴だ、強ばって緊張を押し出した声音は昔聞いた。もう二度と月音に語りかけることはない。
あの人が、持ってきた卵焼き。焦げていて、塩辛くて。じゃりじゃりしていて。
それでもおいしい、と無意識にこぼれた言葉。
最初のコメントを投稿しよう!