23.甘く、とけるように

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 ――たまには私が作ろうと思ったんです。いつも任せっきりでしたから。  そう伝えた内容に間違いはない。  善意を押しつける形になってしまった罪悪感に、ぎこちなく頷く。  泰華は、からりと夏の太陽のように眩しく、すがすがしいほどきらめく笑顔をむけた。普段の艶やかさとは違う、裏のない美しさに、一瞬だけ目を奪われた。  あの人は本当に幸せそうに、心からの笑顔を浮かべていた。  過去の景色と、今ある彼がいる部屋が色づいていく。 「なら、この世界のどんなものよりご馳走だ」 「す、炭でも、そんなこと」 「関係ないさ。俺にとって大事なのは君が作った、という事実だけだ」 「う、でも」 「どうしても気になるなら、今度は一緒にすればいい」 「ご迷惑では」 「俺はきみといられる上に手料理がもらえるんだ。いいことしかない」  ぽん、と頭をなでる手の大きさ、暖かさが伝わる。  するりと黒髪を細い指に絡ませて弄ぶ。ふわりと花の香りが、かすかに鼻腔をくすぐった。  おいしくないからしら。  ふとよみがった声にはっとする。  幻聴だ、強ばって緊張を押し出した声音は昔聞いた。もう二度と月音に語りかけることはない。    あの人が、持ってきた卵焼き。焦げていて、塩辛くて。じゃりじゃりしていて。  それでもおいしい、と無意識にこぼれた言葉。
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